#鵜川医院レター

妊娠とくすり / 生物の設計

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妊娠とくすり

大学を卒業し即大学院博士課程で4年過ごした後、横須賀北部共済病院(今はない)に赴任する事になりました。自分にとって大学病院以外で働くのは初めての事で多少緊張しましたが過ごしやすい職場で、1年後に「戻ってきなさい」と言われたときには離れがたく思いました。病棟ナースAさんの妊娠がわかったのは暑い最中だったと思いますが、つわりについて相談され「小半夏加茯苓湯はどうだろう」とアドバイスしたところ効果があったらしく、出産後にお礼を言われた思い出があります。

とはいえそれは偶然上手く行ったにすぎず、皆さんつわりで大変苦労をなさるし、ビタメジンを入れた3号液の点滴ぐらいしかやりようがない人も多かったと記憶しています。ビタミンB1はGABA受容体に親和性があって静注だとおそらく悪阻に効くのだろうと想像出来るようになるのに20年かかりました。B6は経口でも使います。

妊娠悪阻に適応がある薬はタチオン、小半夏加茯苓湯ぐらいしかなく、市販では「強悪阻散」しかないぐらい数少なく、治療方法も主に経験知によります。

友人から教えてもらい、第59回吉川英治文化賞を天野惠子先生が受賞されたと聞きました。去る2025年3月5日のことです。

コラム10 日本での性差医療の実践と展望 ~天野惠子医師に聞く~

こういう先生いらっしゃったな、ぐらいのはるか昔の記憶しかなかったのです。東大医局の男女差別が酷かった、という話をフランクになさる先生です。性差医療という概念自体、自分が医師になった平成年代には一般的であり、意識せずに医療をしたこと自体ありません。しかしこういう先生方の苦労があって、常識が形成されてきたわけで、感謝せねばならないなあと思う次第。

ちなみに「性差医学入門」の翻訳監修をされている貴邑冨久子先生は横浜市大の元教授で、私は特に可愛がられたというか怒られたというか、思い出深い先生です。女性ホルモンがご専門です。医学部3年の前期の生理学で学年最低点を取ってしまったことから呼び出され説教されました。素直に反省し、後期はトップでなんとか進級させてもらったのですがその試験範囲が性ホルモンだった、というのが現在もこの領域に詳しい一つの理由です。

そして昨年の事ですが、千歳船橋駅にあるかるがもクリニックの勉強会で厚労省医系技官である元木葉子先生の講演を聞きました。元木先生も横浜市大なんです。何か縁を感じる。

2022年10月からICH(医薬品規制調和国際会議)においてトピックE21なるものが議論されており、彼女はその日本側の委員です。内容は、Inclusion of Pregnant and Breast-feeding Individuals in Clinical Trials(臨床試験における妊婦および授乳婦の組み入れ)というもので、妊婦および授乳婦における医薬品の有効性や安全性の検討を積極的にしましょうというものです。

お薬の研究をしているとき、途中で妊娠がたまたまわかるケースも当然あるわけですが、現在はその患者さんを試験からわざわざ除外しているのが現状だそうです。データが徹底的に消去されている以上、その影響について後ろ向きに検討することも不可能だという問題がありましたが、今後は途中で妊娠をしたケースでそのデータを大事に活用していこうという流れが国際的にあるという内容です。

以上の流れを軽くまとめると以下の通りです。

妊娠と薬の臨床試験の難しさ

妊婦に対する医薬品の安全性評価が難しいため、多くの臨床試験では妊婦が除外されている結果として、妊娠中の薬の使用に関するデータが極めて少ない。

「安全性データがない → 研究が進まない → さらにデータが不足する」という悪循環が発生する。

医療上の推奨と企業の判断との乖離

例1:COVID-19のパンデミック時、ワクチン開発の初期段階で妊婦は臨床試験から除外されたためデータなし。しかし、ワクチン接種が広がる中で、臨床現場でのデータが蓄積され、結果的に妊婦への接種が推奨されるようになった。にもかかわらず、添付文書の改訂が遅れ、医療現場での判断に委ねられる状況が続いている。

例2:ベンデクチン(Bendectin)というつわりの薬があり、催奇形性のデータが結局示されなかったが、米国で多くの訴訟が起こされ発売が終了しました。しかしMSDマニュアルにはつわりの治療として載っています。(その成分薬剤は手に入るため)

妊婦と授乳婦における薬物使用の今後

国際的な規制改革の動き

ICH(国際医薬品規制調和会議)が妊婦・授乳婦を臨床試験に含める方向で議論を進めており、2025年にはガイドラインの初期案が発表される予定。(3月30日時点では確認できず)

FDA(米国食品医薬品局)は、妊婦や授乳婦に対する薬物の研究を推進する法律(21st Century Cures Act)を導入。

今後の臨床試験では、妊婦が対象になる可能性が高くなりつつあり、既に試験中に妊娠が発覚した場合、除外せずにデータを取得する動きも進んでいる。しかし、妊婦を臨床試験に含めることの倫理的・安全性の問題もあり、慎重な検討が必要。

添付文書の記載内容の課題

現在の添付文書では「妊娠中の使用は避けるべき」とする記述が多いが、これが医療現場での不適切な判断につながることもある。

一方で、妊婦に薬を処方する際のリスクとベネフィットのバランスについて、明確な指針がないため、臨床医が判断を迫られ苦慮しているのが現状。

つわり研究の新展開になるか

鵜川医院レター(20250121) | Notion

1月のレターにGDF-15の事を書いたのですが、記憶にある方は少ないと思います。

GDF-15とは

1997年、新規TGF-βスーパーファミリーの物質を探そう、という研究中にこの物質が発見され当初MIC-1と命名されました。2000年にGDF-15(成長分化因子15:Growth Differentiation Factor 15)と同一とされ、以後はGDF-15と呼ばれています。

GDF-15がどう分化成長に関わるのか、あんまりわかりませんがあらゆる組織にあって、低酸素、炎症、組織障害などのストレスに対して分泌され、神経とか心筋など組織の保護をしてくれます。一方で癌が出来たらそれを育ててしまうので、GDF-15が良い物質だから飲もう、なんて事をしてはいけないんです。(炎症を抑える事で発がんを抑制する、とい研究もありますよ、複雑でしょう?)

また、2013年ごろから食欲を抑制したり吐き気を及ぼしたりという作用も知られています。

2016年ごろ久留米大の古賀靖敏先生はミトコンドリア病であるMELASという病気で普通の6倍ぐらい発現していて、その病気の診断マーカーになる、という事を見出しました。

MELASで上がるのは、相対的に低酸素みたいな状態に常にさらされているからだと思います。そして老人ではGDF-15が高い人はそれだけストレスに晒されているということで、あとどのくらい寿命があるのか、のマーカーとしても有用だとのことです。嫌ですねえ。年老いて徐々に体重が減るのはこれが原因かもしれません。

GDF-15は妊娠中多くなります。成長分化因子なんだから当然だけど。このGDF-15が上昇することがつわりの原因なんじゃないか、という研究が記事になっていました。2023年ですね。その後話題にならないので、研究は進んでいないのかもしれない。

妊婦のつわりの原因を特定、重症化予防の可能性も 英ケンブリッジ大研究 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

もともとGDF-15が高めの人のほうが、高いのに慣れているようでつわりが軽く済むというデータも示され、妊娠前にGDF-15が上がるメトホルミンという、古くておそらく多数の妊産婦が服用経験があるだろうお薬のドラッグリポジショニングが可能かどうか検討されているようです。(禁忌となっているが、実臨床データの解析結果催奇形性は否定

GDF15 Targeting for Treatment of Hyperemesis Gravidarum

メトホルミンは効きすぎたときに乳酸が上がることが示されていますし、食欲低下作用もあるので、これがGDF-15経由の作用だとすればまた理解が深まるところです。GDF-15をマーカーとして使えば、「メトホルミン使ってるからあなたに造影CTはしません」みたいな日本の病院にありがちなポリシーに対して「間違ってるだろ」と言う根拠になりえるのです。

こうしたドラッグリポジショニングに関連して、先程言及した、ICHやFDAの動きが重要ですので、今回まとめて文章にしました。


ここまで効率的に設計されているのか、生物は

と、久々に(年数回レベル)驚いてしまった研究がありましたので紹介します。イスラエルのワイツマン科学研究所システム免疫学部門、マーブルラボから。

タンパク質の分解が自然免疫の一翼を担っていた?〜プロテアソーム由来ペプチドによる新しい抗菌メカニズム〜

私たちの細胞内には「プロテアソーム」と呼ばれるタンパク質分解装置が存在し、不要または異常なタンパク質をペプチドに分解しています。これまで、この分解産物は主に「MHCクラスI分子を介したT細胞への抗原提示」に利用されることは知られており、上手く働かないと自己免疫疾患を誘発するなど、好ましくない側面もあります。

ところが、今回の研究では、プロテアソームが生成するペプチドの一部が、抗菌活性を持つ「プロテアソーム由来防御ペプチド(PDDPs)」として働いていることが示されました。


発想の起点と研究の進め方

研究者たちは、「もともと体内にあるタンパク質の中にも、抗菌ペプチドの“素材”が隠れているのでは?」と考えました。そこで、ヒトプロテオーム(生体中に存在するすべてのタンパク質ひとそろい)全体に対してバイオインフォマティクスを用いて解析を行い、プロテアソームによる分解シミュレーションを実施。その結果、308の候補ペプチドが同定されました。

これらの一部は、陽イオン性や疎水性など、典型的な抗菌ペプチドの物理化学的性質を備えており、細菌の細胞膜に損傷を与えて殺菌する能力があることが実験により確認されました。


感染に応じたプロテアソームの可変性

興味深いのは、細菌感染時にPSME3(PA28γ)という調節因子が動員され、プロテアソームの活性が変化するという点です。これにより、トリプシン様活性が高まり、より抗菌活性の高いペプチド(C末端が陽電荷を帯びたもの)が生成されやすくなります。

この仕組みは、NF-κBなどの転写応答よりも速やかに作動する可能性があり、細胞自律的な自然免疫として極めて効果的です。


生体レベルでの効果と筋肉との関連

マウスモデルを用いた実験では、PPP1CBというタンパク質に由来するペプチドが、肺炎や敗血症モデルで感染を効果的に抑制することが示されました。

このPPP1CBなどのタンパク質は筋肉中に多く含まれることから、筋肉量が多い個体ほどPDDPの“原料”が豊富で、自然免疫がより強力であるという仮説を支持する結果となっています。


この研究のインパクト

  • プロテアソームが、抗原提示以外にも直接的な抗菌作用を持つという新たな知見
  • 「タンパク質分解駆動型免疫」という新しい免疫の枠組みを提案
  • 自然免疫と獲得免疫の橋渡しとなるメカニズムの可能性
  • 抗菌薬とは異なる、新しい感染症治療法の開発への道筋
  • プロテアソーム活性を調節することで感染症治療を強化できる可能性

補足:発想の原点を洞察する

この論文が非常に独創的に思えたので、発想の原点を少し探ってみました。Google ScholarやChatGPTを使って、2021年以後のYifat Merblを中心としたチームの論文を検索し、内容を把握すると以下の事がわかりました。

もともとこのラボはプロテアソームとペプチド断片について多くの実験的手法を持っています。これを利用した代表的な研究として、

  • PSME4による抗原多様性と腫瘍免疫回避(Nature Cancer, 2023)
  • 抗原のポスト翻訳修飾による免疫ペプチド多様性(Nature Immunology, 2023)

があり、どちらも「プロテアソームが分解して生み出すペプチド断片の“質と機能”が免疫応答を左右する」という主張をしています。

さて彼女らが生体内にある抗菌ペプチド(AMPs)に注目したのは、ここ数年研究が増えてきてレビューが示された事が理由としてあるようです。

Frontiers | Antimicrobial peptides´ immune modulation role in intracellular bacterial infection

哺乳類のAMPsとしてはディフェンシンが良く研究されていて、白血球から分泌されて細菌を殺す物質、として理解されています。もう一つよく研究されているのがカテリシジンという物質で、こちらはビタミンDが免疫に有益だ、という事を説明してくれる抗菌ペプチドです。

このような既知のAMPs(Collection of antimicrobial peptides (CAMP)、CAMPSign、ClassAMPなどとして公開)とヒトプロテオームを比較したところ、308もの一致が見つかった事が研究の原点になりました。(その中には当然ディフェンシンやカリテシジンもあるわけですが、哺乳類以外で確認されていたAMPsの配列ももちろんあった)

彼女たちがヒト以外の生物でもこの相同性を確認したところ、高い確率でこの構造が保存されている事がわかり、おそらく進化上重要であるからに違いないと確信します。

これらのAMP様配列は主に「折りたたまれたタンパクの領域(folded domain)」内にあって、普通は外側からは認識されません。しかしプロテアソームによって切断されることで“露出”されて、抗菌活性が発動するのではないか?と考えて、公開ペプチドミクスデータ(実際体内で確認されているペプチドのデータベース)とを照合すると、15〜27%が一致したとの結果が得られ、仮説が正しそうだ、と考えます。

そして様々な実験を経て今回の論文に至り、AMPの一種として「PDDPs(proteasome-derived defence peptides)」という新しいカテゴリを提唱しているのです。

ノーベル賞級の発見か

プロテアソームをテーマにノーベル賞を受賞した例として:

があります。今回のPDDPs論文は「プロテアソームがただの分解装置ではなく、免疫活性物質を生む機械である」ことを示しており、もしもこれが臨床応用されれば、十分ノーベル賞級の研究と言えるのではないか?というインパクトがあります。

生命に無駄はない

真核生物が誕生して20億年とされますが、繰り返し取捨選択されてきた遺伝子たちには、”無駄”という概念がなさそうだ、と一種の美しさすら感じています。

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