筆記用具 / 病名の独り歩き / 学校検診 / キャスバルと坂口安吾
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筆記用具
最近ずっとこればっかりっていうのが「ぺんてる ボールペン ゲルインキ エナージェル インフリー 0.4mm クリア軸 」です。
ペン先が細くて長い:シャープペンシル的な見た目ですが、紙のどのポイントから書き始めるか、狙いを付けやすく書いている線が認識しやすい特徴があります。整った字やイラストを書きたい人におすすめ!

みなさんはどうでしょうか。私は時々好みの筆記用具が変わっていきます。一番最初に筆記用具を意識したのが中学校1年の美術の授業でデッサン用に6Bの鉛筆を用意したことだろうと思います。
万年筆を使っていた時期もありますが、自分好みにペン先を削ってもらう、というところまでは行かず、中途半端なままです。伯父の林龍一郎医師はもっぱら万年筆派だったと記憶しています。カーボンペーパーと濾紙も机に用意してあったような記憶があります。万年筆は筆圧がボールペンより低く、複写式の紙ではうまく写りませんのでカーボンペーパー必須なのです。

父は全く筆記用具にこだわりのない人だった気がします。
医者になってからは「ボールペンを使い切る」が多くなりました。0.7mmぐらいの太さだとすぐ使い切ってしまいますが、それも快感ですので、すぐにインクがなくなる「ゼブラ 油性ボールペン ジムノック 0.7」ばかり使っていた時期もあります。
患者さんの手帳の字の綺麗さに驚いて真似をしたと記憶していますが、「三菱鉛筆 ゲルボールペン ユニボール シグノ 0.38」を使っていた時期も長いです。
現在は、
細かい字が書ける インク漏れ・滲みがない 筆圧と合う(細めなのに硬い書き心地ではない)
という事でエナージェルインフリーに落ち着いています。
「使い切る」が重要なことですし、残りインクが僅かになると書き味が変わるので早く気付けるよう、インクの残量が必ず見える事が重要です。だから軸は透明のほうがありがたい。自分にとっては、です。
パイロット、トンボ鉛筆の製品がこの中に登場していませんね。トンボは消しゴムのMONOと同じカラーリングのgraph Liteを買って良かったですが「透明ではない」という理由でリピせず。パイロットは消せるフリクションがヒットしていますしジュースとかありますが、使ってはいません。
ワコムのタブレットのペン先ですが、初期はフェルト芯しかなかった気がします。そのあとすぐに細いプラスチックの芯が出てきて耐久性が上がりましたが、細かい作業向きということもあるのでしょうね。
病名の独り歩き
先日、New England Journal of Medicine(NEJM)に掲載されたエッセイ「The Definition of Failure」を読みまして。筆者はニュージーランド在住の疫学者です。著者名がPhDでした。お医者さんじゃない人がNEJMに投稿して採用されるんだー、とびっくり。母親がCOVID-19をきっかけに心不全と診断された際のエピソードをもとに、「Heart Failure(心不全)」という言葉が患者に与える心理的影響を綴っていました。
興味深いのは、その母親が診断名を聞いた瞬間に「死んでしまうのではないか」と思い詰め、さらには「この困難な状況に陥ったのは自分のせいだ」と罪悪感を感じてしまった部分です。そして、治療が功を奏し安定してしてからも外来の名前や書類に繰り返される”Heart Failure”の文字が、病気そのものよりもむしろ心を蝕んでいった事が語られ、言葉が患者に与える影響について、筆者は理性的に、しかし明確に問題提起していたのでした。
私も深く頷いたのですが、同時にこうも思いました――英語圏においてはそうかもしれないが、日本では同じ状況には陥らないのでは。
日本語で「心不全の状態です」と言われたとき、多くの患者は「心臓の機能に問題があるんだな」と受け止めます。それを「自分のせいだ」とは感じにくいのでは。つまり、英語の“failure”が持つ自己責任や敗北のニュアンスは日本語である「心不全」には存在しません。
文献検索で1945年から徐々に遡って”Heart Failure”を調べていくと、この言葉は1850年以後に英語圏(主に米国)で使われだして、1900年頃には一般的になっていました。唐突にこの言葉は登場しており、それは当時の物理学と医学が融合して心臓のポンプ機能が理解されたからなんですね。むしろ機械の”Failure”と同時発生的に使われだしており、産業革命と同期しているようにも感じます。後に学校教育が一般的になって学生さんが失敗するときに使う”Failure”のニュアンスのほうが後から出てきている印象なのです。
後年、英語圏以外でこの言葉は翻訳されるわけですが、英語(failure)、アラビア語(فشل)、ヒンディー語(विफलता)、インドネシア語(gagal)、タイ語(ล้มเหลว)以外の国では、失敗のニュアンスは欠落し、「機能しない」という意味がメインになっています。
さて、英語での”failure”には当初はネガティブな自己責任、敗北のニュアンスがなかったとしても、現代においては言葉の意味が変わってきたわけで、その問題提起は意味あることと思います。
患者さんが負い目を感じてしまうことを「スティグマ」と言います。病名である以上、必ず一定期間(10年とか20年とかそれ以上)経つとそれはネガティブなイメージを持たざるを得ません。ほんの僅かの期間でネガティブなイメージを持つ病名もあるでしょう。
病名がスティグマを持ち始めるのは、それが社会の中でコモディティ化したとき、つまり「当たり前に」使われ始めたときです。患者の前で何度も繰り返され、看板や書類に刷り込まれ、病名がその人の”属性”になってしまったとき、言葉はラベルになり、ラベルはスティグマになる。「がん」が典型だと言えます。
父の「がん」症例を整理するデータベースのフォルダ名は「new growth」となっていますが、おそらくcancerとかneoplasmという名前を意図的に避けたと思います。彼にはそういうセンスがありました。
かつて「精神分裂病」と呼ばれていた疾患は、2002年に「統合失調症」に改名されました。「分裂」という語がもたらす誤解と差別を避けるためです。同じように「らい病」はその名称による差別が行われるため「ハンセン病」に、「精神発達遅滞」は「知的障害」へと変わってきました。 英語圏でも同様で、「Mongolism(蒙古症)」は「Down syndrome(ダウン症)」に、「Manic Depression(躁うつ病)」は「Bipolar disorder(双極性障害)」へ、「Addiction(中毒)」は「Substance Use Disorder(物質使用障害)」に変わっています。
どの事例も、言葉が日常(コモディティ)化することによってそのラベルが患者本人を縛り(スティグマ)、周囲のまなざしを変え、結果としてケアの質にまで影響を与えるという共通のメカニズムを持っています。
しかも、いまはインターネットにより医療用語は日常的にSNSで拡散され、検索され、Wikipediaにたどり着き、誰かのブログに登場し、YouTubeの医療系チャンネルに取り上げられます。用語は爆発的に拡散し、瞬時にコモディティ化し、意図される意味から当然ずれていきます。
だからこそ常に行わなければならない事があります。それは「病名を患者がどう受け取ったか/理解したか/スティグマがあるかどうか」を丁寧に聴き取ることなんです。
多くの医師が患者さんに病名を伝えませんし、命に関わらない状態ならば診断をつけないまま治療しますが、それは「病名が独り歩きすることを避けている」からだと思います。
病名を伝えた瞬間にそれに囚われ、行動原理が歪む患者さんが多くいます。本当は病名を知ったら勉強すべきは「教科書」であるのに、教科書は誤解を避けるために厳密な日本語で書いてあるが故に理解が難しく、代わりにインターネットで間違った知識を得てしまうという問題があるのです。
現在はそれに対してChatGPTなどに以下のプロンプトを入れることで解決出来ます。インターネット検索はしないで下さい。
「私は診断を受けた患者です。◯◯(病名)について、次の観点から専門的かつ正確に教えてください。医学知識のない人にもわかるようにお願いします。: 1.疾患の定義と分類 2.主な原因と病態生理 3.臨床症状と診断の進め方(鑑別診断を含む) 4.主な検査や画像所見 5.標準的な治療(初期治療と長期管理を分けて) 6.予後・合併症・患者指導 7.日本と海外での診療の違い(あれば) 参考にした文献やガイドラインがあれば、あわせて提示してください。正確で網羅的な医学的知識を、信頼性の高い医学文献・ガイドライン(例:UpToDate, MedDyna, NEJM, 日本の診療ガイドラインなど)に基づいて、できるだけ最新の情報として教えてください。
長くなるので、途中で「続けて」とプロンプトを入れることで最後まで情報を得ることが出来るでしょう。
私は外来で、自分の見立てた診断名や状態名、鑑別診断をなるべく伝えるタイプの医師ですが、患者さんのためと言えるかというとそうではない。それはなかなか改善しない場合に、別の医師が後から診察して下さると思うのですが、私の考えを具体的に伝えておいたほうが早く正しく診断して下さる可能性が高くなるのではないか、というのが理由です。
一方病名が独り歩きしてほしくないので、できるだけ患者の表情や語り返しの言葉に注意を払います。患者が病名をどう咀嚼し、自分の中にどう位置づけたか。それを何度も確かめるのです。
対面での説明で不足している場合もあるかもしれません。LINEを利用してのフォローアップは、情報を伝えることと同時に、その情報がどう人の心に届くかを見届ける営みでもあることが利点であり、SNSの特徴を最大限に活かしたい。
P.S. 院外薬局の指導、というものはパワフルで影響力があります。医師が丁寧に説明した内容であっても、院外薬局で上書きする事は可能ですので、その分責任が伴うことを彼らは自覚すべきでしょう。
学校検診
2年前、2023年の4月に初めて中学校の校医となり、介護認定審査会の医院となりました。当時の日記を読むと疲れたと書いてあります。
2年経った現在、疲れるのは同じです。使う集中力が違うという事なのでしょう。
以前の自分はこういう感想を書いていました。
中学生は会って3秒で打ち解けるチャーミングな生徒から、まだ聴診してないのに笑い出しちゃう生徒まで様々で、深刻な感じかもしれないと思う子もいましたが、基本的にはこちらが癒やされる時間でした。首を曲げてお辞儀する子が多く、それも好きでした。 自分は視診聴診で所見がある子をチェックしていましたが、それと問診での訴えの一致率が高かったようで先生は少しびっくりして信頼してくれたようでした。いやきっと間違ってることあるから期待しないでほしい。
今回は日程が合わず、医学部の学生さんは見学できませんでした。たった1回の介入で子どもの人生が変わるかもしれない、という大切な時間です。
山王中学校は非常に古い校舎です。1階の天井が高く、良い雰囲気を醸し出しています。
映像の撮影に使われることが多く、最近では「オクラ〜迷宮入り事件捜査〜」のロケが行われたんだそう。周囲にビルがないので、動画の一部だけ切り取って使う場合のポストプロダクションが楽なんだそうです。

自分が医学部の5年だった時にまだ父は勤務医をしていましたが、60歳を機に実家のある伊勢原に開業しようかなと医師会に挨拶をしにいったんだそうです。すると医師会長さんが「先生も患者さんが少なくて困ってるでしょうから(開業前だからまだゼロだ)校医さんになって下さい」と、父がかつて卒業した高部屋小学校の校医に指名されたんだそうです。
まだ開業する前から校医というのも珍しいと思うのだけれど、高部屋の先生が閉院されたばっかりだったので交代したのでしょう。
早速最初の健康診断、と言われて小学校に向かったんだそうですが、何しろ初めてで聴診器など一切忘れたことに途中で気づいたらしい。二宮の自宅から出て平塚を過ぎたぐらいで気づいたから、今戻ったら間に合わない。しょうがないから走っている道沿いの開業医に飛び込んだんだそうです。たまたま知り合いだったその先生にお願いをして、聴診器を借りて事なきを得たそう。でも絶対小学校に聴診器あるよね、と後で思ったらしい。
途中の開業医の先生で聴診器借りていくっていうバイタリティが絶対自分は真似できませんね。
僕も最初の検診では聴診器を忘れて、学生さんに借りたんじゃないかな?そんな気がします。
キャスバル・レム・ダイクンが坂口安吾を愛読していたかもしれない件
友人がSNSの投稿で「ええい、ままよ」と書いていて、どっかで聞いたことある台詞だなあ?と思いました。
池田秀一さん(声優)の声で再生されるんだから、シャア(アニメの登場人物として有名)なんだろうけど、どうも記憶が定かでないから検索するとシャアならぬクアトロ・バジーナの台詞(シャアが使っていた偽名、ちなみにシャアも偽名)だった。さらに調べると、機動戦士Zガンダムの第39話とあって、自分、見ているはずがなかった。(大学1年で、下宿にテレビがなかったと思う)どうして池田秀一さんの声で再生されるんだろう?でもそれがミーム(文化的遺伝子)という事なんだろう。その後メディアに断片となった動画などが登場していたのではないか。何一つ覚えていないけれど。
それでもクアトロ・バジーナが、だ。宇宙世紀何年だか知らないが100年以上も前の「ええい、ままよ」という古風な言い回しを使うとは、いったいどんな本を読んで育ったんだろう?と想像してみましょう(お坊ちゃまとして育ったから教養はあるはず)(原作者やら脚本家のことを考えると面白くないので無視します)
そう思った私は青空文庫で全文検索をしたのです。方法は「”ままよ” site:aozora.gr.jp」で検索し、全部をコピーして1つにまとめ、それをJSON化して人工知能に解析してもらいました。すると全部で100ちょいぐらいしか用例がないので統計を取るのは簡単。わかった。断然、「ええい、ままよ」の文脈でその言葉を使いまくっているのは坂口安吾です。回数的には泉鏡花や吉川英治も多いのだが、文脈が異なる。もちろん太宰も使っているが、坂口の「ええ、ままよ」が突出して心に残るのです。
坂口安吾とシャア・アズナブル、なんとなく似合う気もしてきました。
そこでシャアは若いころから坂口安吾を愛読していた、と決めつけてみましょう。ちょっとひねくれボーイだったという設定。
そして池田秀一さんの声で坂口安吾の名言を語らせてみたらどうだろうか、と人工知能にお願いしてみるとこうなりました。ーーーちょっと偉そうですね。
