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アルフォート / 長寿とマインドセット/ デエビゴ夜咄 / 消化器ニュース/ フッ化水素酸

目次

アルフォート、バナナ味

私は日本で60年近く住んだ以外は、米国のデトロイトに2年ばかり住んだだけなので外国の諸事情がわかりませんけれど、「菓子」それも「大衆的なお菓子」がこれほどバラエティに富み、なおかつ浸透し、それぞれ世界に誇ることが出来る美味しさで、ロングセラーが多い、知らない人と「天気以外でお菓子もコモンな話題にできる」国は日本だけなのではないか、そんな風に思っています。

先日あるご高齢の方が、「私は長島を生で見、今は大谷翔平を生で見ている。野球ファンとしてはおそらく一番幸せな人生を歩んでいるのは間違いない」と言っていたと聞き、そういえば私もいろいろなお菓子・駄菓子の誕生とヒットを見てきて幸せだったなあと思いました。

子供のころはお菓子を食べた記憶は多くありませんが、それでもCMは見ましたし、記憶に残っているお菓子は多いです。

秦野にカントリーマアムの工場があることは、保険証が「不二家」となっている患者さんがいらっしゃることで知ったのですが、工場が24時間稼働だと聞いて驚きました。なんという人気ぶりでしょう。カントリーマアムはいろいろな味がありますけれど、必ず「秦野工場かな?」と見てしまいます。抹茶味は美味しいです。

40年ぐらい前は堂々と「カロリーが高いことが売り」のようなマーケティングが行われていた気がします。そうです、スニッカーズです。米国生まれのこのお菓子は「お腹が空いたらスニッカーズ」みたいなコピーだった気がします。現代においても「ギルティ消費」というマーケティングジャンルはあり、これは人間が欲の動物である限り、砂糖税が導入されても、存在し続けるのでしょう。

さて今回紹介するやり取りは10年近く前のものですが、まだそこに出てくる固有名詞が現代にも通用しそうなので紹介します。

とある壮年の高脂血症の患者さんに「ふだん何を食べているんですか」と訊いたら、迷いもせず「スニッカーズ命」と返ってきました。私もそれが大好きですが、四十を過ぎてから、なるべく我慢して生きています。それを命と言い切られて、正直、悔しかったのです。

悔しさというのは妙な燃料になります。その日の外来では、以後こう言うようになりました。「お好きなお菓子をひとつ、私に申告してください。その代わり、こちらからも美味しいお菓子をひとつお教えします」。問診のはずが、菓子の物々交換です。

ところが、ある患者さんは深々と頭を下げて言いました。「すみません、次回持ってきます」いや、そういう意味ではないのです。私は手土産を要求しているのではないのですが、活舌が悪かったのでしょう。

エコーの最中、脂肪肝が認められたので、つい詩的に訊いてしまいました。「いったいこの肝臓には、何が詰まっているんですか」。答えは「ポテトチップスか、アルフォート」。——ここで私は引っかかりました。ポテトチップスはおそらく一般名詞です。なのにアルフォートは固有名詞でご指名なのです。さすがブルボンです。ブランドというのはこういうふうに、人の肝臓が住処です、などと名乗るレベルで浸透するものらしいのです。

面白くなってしまった私は、次に来た前回から3キロ太った患者さんに、もう半分かまをかける気持ちで訊きました。「何を食べて太ったんですか。アルフォート?」すると「そうです、バナナ味」「バナナ味なんてある?」「あります」会話はそこまで。終わったのですが、私の中には小さな違和感が残りました。どこにも引っかかりがないところが、です。

それで、もう一度確かめました。「本当にアルフォートがマイブームなんですか」「そうです、今アルフォートばかり食べています」「じゃあ、なんで私がアルフォート?と訊いたとき、驚かなかったんですか」「びっくりしたけど、スルーしました」

——スルーされたのです。かまかけを、静かに受け流されることが診察室では少なくありません。「なぜびっくりしないの?」「だって先生は知っていたんでしょう?」だそうです。

バナナ味は、美味しいらしいです。


後日、この話を仲間うちでしたところ、みなそれぞれの思いがあるみたいでした。

「焼いたマシュマロをアルフォートに挟むと最高ですよ」——知ってますスモアズ風ですね。

「昔テレビで観たけど、出所した人が最初に食べたい菓子ランキング一位がアルフォートらしい」(ええ?)

「明日のチートデイは、アルフォート・バナナ味も食べることに決めました」

「四十まで夕方の書類仕事をいやいや片づけながら、気づけばスニッカーズを数本空けていた」——あれ、私と同じです。

「今でも手は出さないが、ストックだけはしてある」

「学生時代、追試のたびにハッピーターンで二、三キロ肥えた」——ああ、大学受験で肥える人もいますね。

「スニッカーズという単語を生まれて初めて目にした」——どこのご令嬢でしょうか。

マイクロプラスチックが身体中に残っているように、たくさんのお菓子も分子レベルでその人の肝臓を構成しているのでしょう。

私の肝臓には、ミニサイズのそれを見つけても買うのを今は我慢しているスニッカーズ。そして患者さんたちのそれは、アルフォートだったり、カントリーマアムだったり、ハッピーターンだったりするのでしょう。

真面目な話、食欲は大事なサインで、それが「ない」と仰る場合、医療介入が必要です。好きなものの話が出来ているときは、全体のプランを立てるフェーズです。毎回「ない」を繰り返す人の場合は、俯瞰できないという見過ごせない状況になることがあって、一度食欲のことは忘れて全体を評価する、といったことをしなければなりません。これは余計な話ではありますが、本質でもあります。プライマリケアにおいては「患者さんの主訴」を時には横におく、という対応が必要な場合がありますから、関係ない話題を出しても、それはふざけているわけではないのです。


長寿とマインドセット

「先生さあ、聞いてもいい?」
「どうぞ」
「足の裏がさあ、冷たいんだよ」
「足の裏が?」
「それでね、血流でも悪いのかなと思って手で触って見るでしょ?温かいんだよ」
「ほうほう、それは不思議に思いますね」
「不思議だろう?なんでだい?」
温感という感覚は、なにかとなにかの差分を見てたんじゃなかったけなあ…だから絶対と相対が違うということを説明すれば…と真面目に考え出してふと思いついた。
「それはね、まだ現代科学では、解明されておりません」(よし、5秒で答えた!)
「そうかよ!」
「残念!」
「それはあれだね、心配しなくて良いって事だね」
「イグザクトリィ、素晴らしい」

さて、エコー室で別の患者さんを診ておりまして、
「先生どうですか?悪いところはありますか?」
というような話になっているときに、
「ほらここにキラキラって見えたりするじゃないですか」
「はいそうですね」
「これがなんなのか、現代科学では、まだ解明されておりません!」
「ええっ怖い!」
「冗談です。でもね、さっき90をとっくにこえた御婦人におんなじ事を言いましたらね、『それはあれだね、心配しなくて良いって事だね』とおっしゃったんですよ」
「ほほー」
「そういうマインドセットだから長生きしたわけじゃないとは思うんですが、おおらかさは癒しになるな、と僕は思ったんですね」
「本当にそうですね」

気持ちの持ち方にはこうするべきだ、という普遍的な理想像はないわけですが、長寿の方々のマインドセットは参考になる事が多いです。

さて、足が暖かいのに冷たく感じる理由は深部体温と皮膚温の差で説明は可能だったりするのですが、TRPM8、TRPV1、TRPV3/4などの横文字をこねくり回して屁理屈を述べるよりは「よくわからない」と言う方が正確だし、誠実でしょう。


デエビゴ夜咄

「こんにちは」
「こんにちは」
「今日はね、学生さんが隣りにいます」
「はいよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「彼は精神科希望だそうです」
「あら頼もしい」
「だからなんでも質問して良いですよ。何かないですか?」
「良いんですか?前回のメンタルクリニックの外来で私薬が変わったんですね。なんだったかしら?眠り薬なんですけど。今お薬手帳を出しますね」
「デエビゴですか?」
「先生超能力ですか?なんでもわかっちゃうんですね」
「最近流行なのでね」
「流行?」
「ユリ・ゲラー、ご存知ですか?」
「よく知りません。それがね」
「夢を見るんですね?」
「そうなんですよ。なんでわかるんですか?」
「当てるのが流行しているんです。夢を見る自分が熟睡しているか不明、ってやつですね」
「そうなんですそうなんです。良くわかりますね」
「わかるんですよ。でもそれは心配しなくて良いやつですよ」
「どうしてですか?」
「それは意味のある眠りなんじゃないかなとね。僕ね、ずっと考えてたんですよ。デエビゴで夢を見ることについてね。結論としては、良いことです。あなた夢を覚えている?」
「覚えてないんです」
「今はね。でもね、覚えるようにして下さい」
「無理ですよ」
「デエビゴ飲んでまだ1日めでしょう?」
「はい」
「1週間頑張ると出来ます」
「それは先生が頭が良いからじゃないですか?」
「僕も夢は覚えてない派なんです。でもね、河合隼雄がね、繰り返し繰り返し本に書くんですよ。覚えろー覚えろーってね。1週間経てば覚えるようになるぞー、ってね。それで1週間頑張ったら、確かに覚えていられる」
「えーそうなんですか?」
「そーなんですよ、で夢の内容をメモする。あー自分も覚えられるんだなってわかってからやめましたのでまた覚えてませんけど。とにかくメモをしてくださいよ。ていうか、メモをしたとしましょう」
「メモをしたとしましょう」
「河合隼雄は夢分析をするんだ。ここでご注意。自分で分析しちゃだめだそうですよ。僕は正式に勉強してはいないが、人の夢をたくさん聞いていると、過去の振り返りっていうのは多いですわね、つらいこともいいことも振り返っている。それが暴露療法になるみたいです。河合はそれを、乗り越えていくっていうんですよ。それは人間の成長ですよね。記憶が経験に変わる、みたいなね」
「なんだか長いですよ」
「すみません、たとえば抗不安薬を使うことって、辛さを和らげるためのもので、成長させようという治療じゃないでしょう?でもデエビゴはね、いわゆる正常な眠りを誘うんだそうで、それが夢を見る側面があるということは、もしかしたら成長に結びつくんじゃねーのって、そう考えたんですよ」
「じゃあ夢を見るのが悪いことじゃないという事ですか?」
「いちおうそういう風に前向きに解釈してみてます。もうちょっと飲んでみたら?」
「そうします」
「ところで彼の印象はどうですか?」
「すごく信頼できそうな感じがします。かかりたいです」
「ですって。良かったね」
「恐縮です」
学生さん、台詞には登場しませんでしたがいい感じで相槌打っていたので、ちゃんと役割は果たしていました。


消化器ニュースをアップデートする

ときどき俯瞰で眺めたいなと思いませんか。私は眺めたいので、2020年から2026年までのNewsを眺めてみましょう。消化器は非常に進歩がゆっくりで、10年単位です。でもいつの間にか進歩していたりする。あるいは診察室で行っている事のほうが標準治療の先に行く、という事も少なくないから面白い分野ではあるのです。専門用語ばかりですが、「あ、自分の病気だ」と気になる方もおられるはずです。

DDW2020からNewsになっていた話題

  1. 糖尿病の発症がIPMNの悪性化を予測する:以前から気づいていたことなので、特に驚きはないですが、結腸がんあるいは腎がんが併存する人では40倍前後リスクが上昇という驚きの結果。結腸も腎臓も人生でのすべての物質への暴露を反映する臓器ではあり、示唆的。タバコで膀胱癌になるのもそうですね。
  2. 好酸球性食道炎(EoE)には即時型があり、FIREと名付けられている。トリガーは主に新鮮な果物、ワイン、野菜。
  3. 憩室炎にはシプロフロキサシン+メトロニダゾールじゃなくて、オグサワでよろしく、ってことらしいです。消化器でもオグサワかー。用意するにも入荷しませんから、対岸の火事な感じです。鵜川医院が「感染症は無理です」の理由は薬が手に入らないからですね。
  4. POEMの発展型、G-POEM(胃の幽門筋を切る)で胃の筋層を切開しまして、それを胃の不全麻痺患者治療に使う発想。POEMを考えた井上晴洋先生は自分が参加した1997年かなにかのDDWでは粘膜下に何10ccも水を注入して安全にEMRをする、みたいな手技を海外の先生から絶賛されていました。ITナイフでのESDは海外の先生たちには難しすぎるんで、井上先生みたいは発想は大事。
  5. びらんが起きない逆流性食道炎では、NBIを使うと血管が見えやすい。:やってる。ていうけ、EoEもNBIで診断しようよ。
  6. 結腸癌の「リキッドバイオプシー」がそろそろ実用化。ただの血液検査をかっこいい名前にすると、高く値段が設定できるし、普及する。マーケティングの手法です。
  7. 癌になるバレット食道の患者さんは腸内細菌叢が違うんだ、とメイヨークリニックより。うーん、それはそうなんだろうが。
  8. 癌になるバレット食道の患者さんは匂いが違うんだ、とセントシュガージャパン社より。まあ同じ事でしょ。もともと癌のリスクはメタボなんですよ。メタボの人は腸内細菌叢が違うんです。全部治さない限りだめなんです。そこでGLP-1……という話になる。
  9. 腸内細菌叢は食物繊維をとっている人では健康で多彩になる。当たり前っぽいことも地道に証明してくのが学者。
  10. 糞便移植は世界的にどんどん行われている。日本遅れまくりで大丈夫か??
  11. 大腸内視鏡検査では上行結腸は2回見るべき。僕の知ってる達人は上行結腸で反転をする。僕はあんまりそれが上手く出来ない。

DDW2021からNewsになっていた話題(COVIDの影響でオンライン)

  1. コーヒーをよく飲む人は肝疾患の罹病死亡率が下がる。覚えておいて損はない話。
  2. バレット食道、初回内視鏡で見逃してる例が結構あるよ、という多施設研究。:少なくとも息吸って止めて見ないとだめなのよ。
  3. G-POEMが胃不全麻痺の治療として引き続き注目。ていうか胃不全麻痺ってそんなに多い??
  4. 肥満手術のアップデートと、減量でGERDもNAFLDも良くなるよという再確認。:GLP-1アナログとのコスト競争。
  5. 偶発発見の膵嚢胞性病変(IPMN含む)のリスク管理。2020年の続き。
  6. ERCPに経皮経肝アプローチを組み合わせた胆管損傷の治療、という新手技。
  7. 上行結腸は2回見るべき、腺腫発見率(ADR)を上げる見逃しを減らすテクニックが今年も継続テーマ。AI使用の有無は内視鏡手技とは無関係ではあり、そのジレンマは今でも続く。
  8. 便潜血検査(FIT)陽性集団でのADRの最低許容ライン、男性45%・女性35%という基準が提案されていて、これが後のガイドラインに乗ってくる。以前は20%。だいぶ上げてきた。
  9. mt-sDNA(便のDNA検査)とFIT後の大腸内視鏡所見の比較。DNAが良いと言いたいんでしょうけれども。
  10. 大腸癌のリキッドバイオプシー、実用化が進んでいる。去年の続き。
  11. NAFLDと心血管リスクの関連がさらに前面に。脂肪肝を「ただの脂肪肝」で済ませられなくなってきている。
  12. NASHの新規治療薬・治療標的の話。
  13. IBDの新しい生物学的製剤・低分子薬(JAK阻害薬とか)のデータがいろいろ。
  14. IBDの治療目標として、粘膜治癒だけじゃなくtransmural healing(壁を貫く治癒)まで、ターゲットが広がっている。全層性のクローンなんかを意識しているようだ。
  15. 食物繊維をとっている人は腸内細菌叢が健康で多彩、というのは今年も継続テーマ。
  16. 糞便移植は世界的にどんどん行われている。これも継続。
  17. AIによる内視鏡支援とテレメディスン/デジタルヘルスが全領域で前面に。

DDW2022からNewsになっていた話題

  1. PPIの長期使用と認知機能、やっぱり関係なさそうですよ、という新データ。:患者さんに「ボケるって週刊誌とかテレビで見た」と言われたときに「それデマ」と言える。
  2. 慢性便秘に「振動するカプセル」が効く、というPhase3試験。:話題になったがその後あまり出てこない。頓挫した??
  3. 潰瘍性大腸炎の糞便移植、スーパードナーからの移植が自家移植に勝るとは限らない、という結果。潰瘍性大腸炎はねー。
  4. 原発性胆汁性胆管炎(PBC)にseladelpar(セラデルパー)が有望、というデータ。その後2024年に承認。日本では科研製薬から発売予定。良さげ。
  5. 痩せ型のNAFLD患者のほうが、非痩せ型より心血管疾患の有病率が高い、という報告。:なんとなくそう思ってる。
  6. 大腸ポリープ・腫瘍の検出でAIの進化が議論に。食道内圧検査(マノメトリー)の異常を読むAIも出てきた。日本はマノメトリーについては世界に取り残されている。悔しい。
  7. 大腸肝転移の肝切除後、周術期のctDNA(リキッドバイオプシー)が再発予測に使える、というSSATの報告。大腸癌リキッドバイオプシーの話が「術後フォロー」に展開してきた。
  8. 胃不全麻痺の候補遺伝子・経路が新たに同定。前年までG-POEMという「治療手技」の話だったのが、今年は「病態の根っこ」に降りてきた。
  9. 肥満を伴う大量飲酒者で、肝硬変・肝細胞癌リスクと相関する遺伝的バイオマーカー。リスク層別化に使えるかも、と。もともとアルコール依存は遺伝子に左右されるわけで、あとは解決方法か。
  10. 米国で妊婦のHCV陽性率が上昇していて、広くスクリーニングすべき、という公衆衛生的な話。あらら。実際移民が増えるとものすごく公衆衛生学は変わります。肝炎は特に多い。米国では胃がんも増えている。日本でもかもしれない。
  11. 抗菌薬の使用が高齢者のIBD発症リスクになりうる、という話(腸内細菌叢経由)。不可抗力ではあるが、そもそも高齢者では自己免疫疾患がものすごく多くてですね。
  12. 腸内細菌叢は相変わらずDDWの大テーマ。「最適な腸内環境を追い求めることの害」を論じる講演まで。やりすぎ注意。野菜を食え。
  13. IBDの環境要因(CD-GEMプロジェクト)。8つの環境曝露とクローン病発症リスクを年齢層別に解析。ペットと育つこととIBDの関係なんて話も。

DDW2023からNewsになっていた話題

  1. 3年ぶりに完全リアル開催が定着、シカゴで。1万人以上の医者が会議できる都市は米国でも少ないので、同じ場所をぐるぐる回るだけです。3,100演題ほど。会場が戻ってくると話題も各論で濃くなる印象です。オンラインのつまらなさは圧倒的。
  2. PPI/PCAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー、ボノプラザン等)の比較がいよいよ前面に。当たり前だがPCABのほうがpH4以上の時間が長く、治癒率が高い、と。まあ使いすぎではあるよね。
  3. 学会長の講演テーマがそのまま「PPIs and PCABs」。学会全体として酸分泌抑制の世代交代を意識している空気。日本発(武田が発明)のときは無視しておいて、米国発の薬が出てくると一気にフィーチャーしてくるのがいかにもアメリカ笑。オメプラゾールがランソプラゾール、ラベプラゾールに負けたときもエソメプラゾールが出てくるまで米国学会では盛り上がりがなかった。
  4. 原発性胆汁性胆管炎(PBC)、2022年のseladelparに続いて治療薬の話が継続。PSC(原発性硬化性胆管炎)胆管癌のガイダンス文書も新しく出た。一般医家のPBC診療には関係ないけどいちおう勉強。
  5. 痩せ型NAFLD/SLDの心血管リスク、というテーマが2022年から継続。なおこの時期、NAFLD→MASLDへの名称変更が進行中。
  6. 抗菌薬使用が高齢者のIBD発症リスク、という去年からの話が引き続き。
  7. 大腸内視鏡の抜去時間が長いほど、IBD患者で異型細胞が見つかる。「ゆっくり丁寧に観る」が、IBDサーベイランスでも数字で裏づけられた。上行結腸2回見る、の延長線上の話。専門医は最低8分以上見る、はすでに義務ですが、それ以上が求められる。日本だと赤字になるでしょう、さあどうする?
  8. celiac病(セリアック)に治験薬が4剤も走っている、と。日本ではそもそも診断すら出来ない病気だけど、「グルテン除去以外の治療」が登場したのは大きい。まじで日本は遅れている。
  9. GLP-1受容体作動薬(オゼンピック等)と消化器、というテーマが立ち上がってきた。主にがんリスク低下。
  10. 胃不全麻痺の候補遺伝子、2022年同定された流れが継続。あわせて胃電図デバイス(Alimetry等)も登場。
  11. 膵嚢胞管理のマスタークラスやEUS関連手技(膵病変のFNB、胆嚢ドレナージ等)が引き続き充実。
  12. 大腸肝転移の周術期ctDNA(リキッドバイオプシー)で再発予測、というSSATの話が2022年から継続。
  13. 腸内細菌叢は相変わらず大テーマ。前癌性大腸病変を持つ人で細菌叢が違う、という話は一般向けのニュースにもなった。
  14. AIによる大腸ポリープ検出が引き続き話題。

DDW2024からNewsになっていた話題

  1. ワシントンD.C.開催、4,400演題ほど。2024年の主役は完全にGLP-1(オゼンピック、マンジャロ等)。
  2. GLP-1作動薬と内視鏡前の胃内残渣。上部内視鏡前にGLP-1を飲んでいる人は固形残渣が明らかに多い。2023年にASA(麻酔科)が「内視鏡前は一定期間休薬」というガイダンスを出している。
  3. GLP-1作動薬と大腸前処置。同じく前処置不良が多い。同じく休薬のガイダンスが出るだろう。
  4. 一方でGLP-1の「良い面」。MASLD(旧NAFLD)+糖尿病の患者で、GLP-1使用が肝細胞癌・肝硬変進展のリスク低下と関連。さらに大腸癌リスク・予後への好影響の話も継続。
  5. MASLDという呼称が完全に定着。痩せ型MASLDの心血管リスク、ポリペクトミー後の異時性大腸腫瘍リスクなど、MASLDを軸にした演題が一気に増えた。
  6. MASLDのある人は、ポリペクトミー後の異時性大腸腫瘍リスクが高い(ただし代謝が改善すると下がる)。脂肪肝の人の大腸サーベイランス、というクロスオーバーな視点。
  7. 胃腸上皮化生(gastric intestinal metaplasia, GIM)のある人は胃癌リスクが19倍、という報告。当たり前の事なんだけど、米国でもようやく層別化が議論に。米国遅れてる。
  8. 口腔内細菌叢(oral microbiome)が胃癌リスクのバイオマーカーになりうる、と。口の中の菌を調べて胃癌リスクを見る、という発想。まあそうなんでしょうが、アメリカにはABC検診がないからっつー話でもある。
  9. PCABのびらん性GERD・H. pylori除菌データが継続。日本じゃ当たり前のようにやってる除菌が世界標準に。
  10. GERD・アカラシア・バレット食道の診断/治療アップデートが各所で。POEM(経口内視鏡的筋層切開)も継続テーマ。
  11. 大腸癌スクリーニングの非侵襲検査が進化。Cologuard次世代版(Cologuard Plus)のデータ。大腸内視鏡が「お高い」米国ならでは。
  12. ポリペクトミー後の大腸サーベイランス間隔(更新されたインターバル)への現場の適応、という実務的な話題。一時期よりは「ちゃんとやれ」みたいな感じ。
  13. B型肝炎で核酸アナログを中止すると144週で再発率83%、という長期データ。「やめられない」ことを示唆。HBV治療の出口戦略への冷や水。DNAウイルスは難しいんだ、と聞いた。
  14. AI内視鏡が引き続き最前線。大腸ポリープ検出に加え、GIM診断支援など上部消化管にも広がってきた。昨今若い先生の診断力を見ていると「うーん、AIのほうが上」とは思う。

DDW2025からNewsになっていた話題

  1. サンディエゴ開催、13,400人超。GLP-1の話題は2024に続いてさらに増加、2025年は「やめた後どうするか」「リスクの再評価」まで議論が進んだ。
  2. GLP-1中断後の体重リバウンドへの内視鏡的対応。やせ薬をやめると約70%が体重を戻すと言われる中、外来でできる処置でリバウンドを防げるかもしれない、というDDW公式プレスの目玉。やせ薬を「いつ・どうやめるか」が消化器・内視鏡の問題に。
  3. GLP-1の消化器合併症の再検証。2023年に「膵炎・胃不全麻痺・腸閉塞リスク上昇」とされた件を、別グループが後ろ向きに見直し。一律に怖がる話ではなさそう、という揺り戻し。去年の「内視鏡前の残渣」問題とセットで、GLP-1のリスク像が解像度を上げてきた。
  4. GLP-1と大腸癌の予後。GLP-1使用者で大腸癌の5年死亡が低い。「やせ薬が癌の予後を変える」という、去年からの好影響ラインがさらに強化。
  5. 直腸癌が若年(特にミレニアル世代)で急増、というDDW公式プレス。大腸癌全体は減っているのに、直腸癌死亡の伸びが結腸を上回る。45歳未満でも症状があればしっかり精査を、と。前年の「若年大腸癌」テーマ(15-19歳で333%増等)が、より臨床メッセージとして尖ってきた。
  6. 腸内細菌叢を「若い状態」に戻すことが、老化抑制・肝癌予防の鍵かもしれない、というDDW公式プレス。microbiome×aging×肝癌。MASLDの流れとも接続する話。
  7. 慢性ストレスと腸の機能。ストレスで下痢にも便秘にもなる、というのを機序レベルで詰める話。脳腸相関(gut-brain axis)の各論。
  8. IBSと「思い込み」。グルテン/小麦に過敏だと信じている人の一部は、実際には反応していない、というRCT(二重盲検・sham対照クロスオーバー)。患者の期待・信念が症状認知を強く左右する。除去食の前に、まず本当に小麦アレルギー?、という問い直し。
  9. IBSのFODMAP×プロバイオティクス。低FODMAP食に菌株特異的プロバイオティクスを組み合わせると、糖質吸収不良(FODMAP・乳糖不耐)の症状管理に有効かも、と。
  10. 高齢者の認知機能とプレバイオティクス。60歳以上のRCTで、イヌリン+フラクトオリゴ糖のブレンドがプラセボより認知機能を改善。腸から脳へ、という栄養介入。
  11. IBDの食事療法が一気に充実。植物ベース食(カロリー制限の有無より「植物性であること」が細菌叢機能を変える鍵)でうつ症状改善、断食模倣食(fasting-mimicking diet)でクローン病が臨床反応・寛解、など。「IBDに食事で効く」が具体的データに。
  12. IBDの疫学4ステージ説(Kaplan, Calgary)。発生→加速→有病率増加→プラトー。北米・欧州・オセアニアはStage 3、アフリカ・中南米・アジアがStage 2。世界規模でIBDがどう増えるかの見取り図。
  13. 大腸内視鏡の質のギャップ(見逃し・不十分な検査)が引き続き問題に。前処置不良の予測やADR向上は地続きのテーマ。「上行結腸2回見る」の精神が、毎年手を替え品を替え戻ってくる領域。
  14. AI内視鏡・非侵襲スクリーニング(便・血)は前年から継続して最前線。

DDW2026からNewsになっていた話題

  1. シカゴ開催(5月2–5日)、13,000人超・4,300演題ほど。今年の主役は引き続きGLP-1で、特に「やめた後をどうするか」が一気に具体化した。
  2. GLP-1中断後の体重リバウンドに十二指腸粘膜リサーフェシング(DMR)。今年の目玉。チルゼパチドで15%以上やせて中断した人を対象に、十二指腸粘膜を熱で焼いて作り直す内視鏡的処置のRCT。sham群は治療群より40%多く体重を戻した、と。やせ薬の「出口」が内視鏡手技になる、というのがいよいよ臨床試験データに。
  3. 同じく中断後対策で内視鏡的スリーブ状胃形成術(ESG)。胃容量を約70%減らす非外科手技。GLP-1中断後12か月で17.9%減量、と。「薬の後は内視鏡で胃を小さく」という選択肢。GLP-1の出口戦略が複数並んできた年。
  4. 直腸癌の若年化が「死亡率」で深刻に。20–44歳で、直腸癌の死亡増加が結腸癌の2–3倍速い。特にヒスパニック・西部で顕著。45歳未満でも症状があれば必ず精査を、と。前年の「若年大腸癌」が、今年は「若い人が死んでいる」という強いメッセージに。
  5. 早発大腸癌のリスク因子が2演題で。(1)18–49歳で、IBD・大腸癌家族歴・高度肥満・肥満が早発型を2倍以上に増やす独立因子。(2)若年での経口抗菌薬曝露が大腸腺腫リスクを上げるか、という検討。ただし「45歳未満へのスクリーニング年齢引き下げにはまだデータ不足」と慎重。
  6. 腸内細菌叢を「若い状態」に戻すと肝癌を防げるかも。マウスで。前年の流れの延長で、いよいよ「若返らせる介入」へ。
  7. 好酸球性食道炎にdupilumab。REMODEL試験で食道の伸展性が改善。2020年に「FIRE」「ブデゾニド液」の話だったEoEが、生物学的製剤導入へ。
  8. クローン病にguselkumab(抗IL-23)。肛門周囲瘻孔の複合寛解率を改善。難治の痔瘻に効く生物学的製剤、というのは外科とも接点のある朗報。
  9. 慢性ストレスと腸機能。ストレスで下痢にも便秘にもなる機序を詰める、というDDW公式プレスのテーマ。脳腸相関の継続。
  10. microbiome×大腸癌が「転移予測」「術後合併症(縫合不全)」へ。原発巣の細菌叢が遠隔転移を予測する、直腸癌手術周術期の細菌叢変化と縫合不全、など。観察から「術前にどう介入するか」へ。
  11. AI内視鏡・非侵襲スクリーニング(便・血・口腔)は引き続き地続きの大テーマ。

まとめ

  • AI: 教師データづくりに関わった身としては、若い医師を教育するよりAIを教育するほうが簡単なので、という時代の流れに戦慄。そしてAIがAIをトレーニングする未来を想像し愕然。
  • 内視鏡治療: 十二指腸表面を焼くと痩せる、幽門を切れば太る、などのプリミティブな手技の治療が今後も続きそうではあり、内視鏡そのものはなくならないかも。
  • GLP-1: 大学院でインスリン抵抗性と免疫を研究していた身としては、「全部これでいける」が現実になってる現在にあまり驚いてはいない。
  • PCABとPPI: 使う医師次第。
  • EoEとFMT:日本が遅れすぎていて困る。
  • 腸内細菌叢: お金さえ回れば、という分野ではある。膨大に無駄な研究が量産される分野でもある。嘘も尽き放題。概念が先行。
  • 若年大腸癌:深刻らしい。どうしてなんだろう。日本はちなみに45歳からFIT出来ますからちゃんと制度を利用して下さい。

チュルリョーニスのガラスエッチングと、GE電球

チュルリョーニスがワルシャワの美術学校でガラスエッチングを学んだのは1904年頃の事でしたが、非常にデリケートかつ危険な手法であるため、それはすぐに消えていきました。その味わいはチュルリョーニスの抽象的な絵画の源泉になったのかも知れない、と私は感じましたけれど、彼の早逝の原因かもしれないとも言われます。

フッ化水素酸、それでガラスを溶かしたのです。普通、塩酸でも、硝酸でも、ガラスは溶けないのに。1771年、スウェーデンの化学者カール・ヴィルヘルム・シェーレが、蛍石を硫酸で処理するとフッ化水素酸が抽出できる事を発見し、これがガラスを熔かすことが見出されます。カール・ヴィルヘルム・シェーレが人生で発見した物質はものすごく多く、彼の人生は面白かったことでしょう。でもなんでも舐める性質があったそうで、それが彼の寿命を短くしたのでは、と言われます。

これはガラスの加工など一部に利用されていたに過ぎませんでしたが、1886年にフランスのアンリ・モアッサンが電気分解を用いてフッ素の単離に成功し、これによりフッ素化合物が様々な工業製品(例えば触媒)として利用され始めました。この功績により、モアッサンは1906年にノーベル化学賞を受賞しています。そういう時代なのです。ガラスを溶かす性質の物質は工業を非常に飛躍させましたが、非常に毒性が強く、少しでも皮膚に付着するだけで命を脅かします。中和するにはグルコン酸カルシウムです。

モアッサンがフッ素の単離に成功するまでに、何人もの化学者が中毒で倒れ、命を落としたといわれています。フッ素は周期表のなかでもっとも荒ぶった元素です。歯に塗って丈夫になるなんて不思議なぐらいで、取り扱い注意です。モアッサンは受賞の翌年に亡くなりますが、虫垂炎です。偶然ですが同じ年にメンデレーエフ(周期表を作った人)も亡くなりました。彼らは1906年ノーベル化学賞選定のライバル同士で、1票差だったと言われています。

フッ化水素酸はガラスを溶かす唯一の酸として工業に欠かせないものになりました。曇りガラスもその一つでした。目盛りを刻み、そして——チュルリョーニスのように、絵も描ける。ルネ・ラリックも使っています。しかし、危険な物質です。この酸はしかし、思いがけず文明の主役になります。

1879年にエジソンが電球を発明しました。1892年にゼネラル・エレクトリック社が誕生。そして現在も使われるタングステンフィラメントが発明されたのは1906年の事でした。そして1919年、ゼネラル・エレクトリックに入ったばかりの若い化学者、マーヴィン・ピプキンに、上司は微笑みながら課題を与えました。

電球の内側を曇らせて、あの目を刺す光をやわらげられないか、と。

彼は知らなかったのです——それが社内で「不可能」とされ、新人に課される通過儀礼だったことを。曇りガラスにすると電球は脆くなって割れてしまう。誰も解けなかった問いでした。

ピプキンが使ったのも、チュルリョーニスがワルシャワで線を刻んだのと同じフッ化水素酸です。ピプキンは、フッ化水素酸を電球の内側に塗りガラスを曇らせます。ここまでは通常通りですが、そのガラスは脆くてすぐに割れてしまうのでした。実験を続けるため、彼は電球を再利用しようと薄めたフッ化水素酸で洗っていました。するとまたガラスが透明になるからです。

ところがある日作業の途中で電話が鳴りました。ベルが電話を発明したのが1876年です。電話にぴったりのマイクを発明したのがエジソンで1877年。もちろんゼネラル・エレクトリックの主力製品であったでしょう。その電話を取ろうとして、彼は洗い終わって透明になる前のガラス電球を倒してしまった。さらにもう一つミスをおかします。彼はその電球を床に落としてしまったのです。

ところがガラスは割れません。なぜ割れないのかわからないまま、彼は実用に耐える強度で電球の内側を曇らせることに成功したのです。もちろんなぜかを追求したに違いなく、1925年、特許を出願して1928年認められます。それがUSパテント番号1,687,510です。#1 まずは濃いフッ化水素酸でガラスを曇らせる、#2 次に薄い濃度のフッ化水素酸で処理をする、これで強い曇りガラスが出来ます。電球の光に革命がおきた瞬間でした。

オートマット この絵はエドワード・ホッパーの1927年の作品です。このような照明も、フッ化水素酸の歴史を知っていると、ちょうどフロストガラスの電球が発売された頃だなあ、これもそうだろうか、などと想像が膨らみませんか。

モアッサンが命がけで単離した元素は、こうして、片方では繊細すぎて消えた芸術技法を支え、片方では世界中の灯りをやわらげました。現在では半導体の製造には欠かせない技術です。ガラスを溶かす物質が、地球文明の中では工芸品を作ったり、オゾン層を破壊したり、核爆弾の製造に使われたり、半導体を作ったり、ドラマチックにそれを変化させていきました。そして共通しているのは、この物質は、常に取り扱い注意だという事です。

チュルリョーニスのぼんやり溶けた輪郭は、雲などを示す記号であるのか、あるいは垂れた線は、稲妻を示す記号であるのか、どちらも手で触れられないという点で共通しています。そういう事だったのか、と私は勝手に納得するのです。