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美術館のカフェ / マンゴーラッシー / 胃炎雑記 / 英語のウィットに富んだ表現 / プロフェッショナルな肥満

目次

美術館のカフェで

「関係ないことで恐縮ですが」と学生さんが言った。

関係ないことで恐縮、という前置きは、それ自体が言葉遊びのようだ。恐縮は態度を示すが、言葉にした時点で縮こまるどころか「今から面白いことを言うよ」の意味である。この言葉遊びを作ったのは何十年も前の芸能記者だったと思う。

だいたいこういう前置きの後に出てくる話は、本筋よりずっと面白いことを、僕は知っている。閑話休題という言葉も好きだ。

「パーキンソン病でプロラクチンは上昇しないのですか?」

なるほど、そういう質問ですか。変化球ですね。ドーパミンはプロラクチン放出抑制因子だから、少なくなれば上がるはずだ、という理屈ですね。考えたことはなかったなあ、と正直に答えた。脳神経内科の先生には聞いてみましたか。

「はい、あまりそのような事実はないと伺いました」

事実はない、と言われてそのままにしなかったところが、この学生さんの良いところだと思う。事実はない、で会話が終わると、疑問はそのまま床に落ちて誰かに踏まれて消えてしまう。もちろんチューインガムのように消えないものもあるのだが。それを拾い上げて僕のところに持ってきたわけだから、僕の使い方をよく分かっていると言える。

僕らはちょうど美術館のカフェにいた。展示は何だったか、もう思い出せない。とにかくテーブルの上にはコーヒーがあった。まだかなり量がある、それは時間の余裕があるということだ。僕はスマホを取り出した。

「まずは文献を調べてみましょう」

検索語をこうして、PubMedかGoogle Scholarで——今回はGoogle Scholarを使いますが——スクロールしていくと、いくつかレビューが出てくる。上がる、変わらない、下がる、という報告があって一定じゃない、とある。

「そうなんです」

彼もここまでは調べたと見える。事実として、パーキンソン病でプロラクチンの数値は一定ではなさそうだ。これは認める必要がある。ただ、上がる例も下がる例もある、というのは、脳神経内科の先生の『事実はない』とは違うのではないか?ではそれぞれで何が起きているのか、と考えるのが楽しいところだ。

仮説はいくつか立てられる。プロラクチンを放出しているのは視床下部だから、視床下部と黒質でドーパミンの量が一致していないのかもしれない。あるいは病期によって違うのかもしれない。パーキンソンと診断されるとすぐに処方が始まるから、その時点ではもうプロラクチンが下がっている、ということもありうる。そういう個人差を、いくつかの仮説が部分的に説明するだろう。

「とは言っても、すっと腑に落ちる説明が自分では思いつかなくて悩んでいます」

うん、と僕は思った。腑に落ちないという感覚は、けっこう大切にしたほうがいい。腑に落ちないまま抱えておく、というのはひとつの技術だし、才能だとも思うから。ここで話を終わらせても良いよね。

でも、せっかくだからもう少し検索してみましょう。文献検索はアイディアの宝庫ですから。

プロラクチン、ドーパミン、パーキンソン。同じ検索語で、もっと下の方までグリグリ見ていく。スマホの画面を指でなぞるのは、MacBookでやるより少しだけ手間がかかる。あとで家に帰って同じ手順をやり直したら、同じ思考に至るまでが半分の時間だった。これは正直に書いておきたい。

そして「なかなか面白いものが出てきましたよ」と僕は言った。

プロラクチンはパーキンソン病で神経を保護するのではないか、というマウスの実験。仮にこれが人間にも当てはまるとすれば、ドーパミン不足でプロラクチンが上昇したときに、そのプロラクチンが神経を保護して、症状の発現を遅らせる。だとすると、パーキンソン病と診断される時点では、プロラクチンはもう必ずしも上昇していない——そういう仮説が立てられるかもしれない。

「その説明はわかりやすいかもしれません」

学生さんの表情が、ふっと和らいだ。和らいだ、というのは完全に僕の主観的な判断だけれど、おそらく賢い彼が考え抜いた思考の先をちょっとだけ見た、テーブルの雰囲気が少し和んだように思った。腑に落ちる、とまでは行かないが、知らない発想に出会える事は学問の喜びで、それは答えが出たということとは少し違う。それは手持ちの仮説という宝物が一つ増える感覚に近い。

僕は自分が納得できないことがあると、それを説明する仮説をいくつか立てて、文献を読みながら思考を遊ばせる。遊ばせて、「不確定なこと」と書かれたラベルの本棚に放り込んでおく。いろんな説明の仕方があって、単純じゃなさそうだ、というぐらいのことが分かるだけでも、ずいぶん良い。決着がつかなくてもいい。本棚に並んでいる、ということが重要だ。

この遊びをするには、PubMedやGoogle Scholarを使う技術がいる。ノイズが多いと感じたら年代で絞る、NGワードを入れる、Reviewで絞る。とりあえず総説を読む、というのは基本だ。最近は検索語の相談をChatGPTやClaudeにできるようになって、ずいぶん捗るようになった。「パーキンソンでプロラクチンが上がらないのかどうか文献検索をしたいんだけど、どういう検索語にしたらいいのか」と聞くと、ドーパミンという単語まで添えて返してくる。ほら、適切でしょう。

わかりましたか、と僕は学生さんに聞いた。もちろん手札の増やし方についてだ。

カフェは人気で、今日は入れませんと言われただろう誰かが立ち止まってメニューを眺めていた。


美味しいマンゴーラッシーの作り方

インドはマンゴー生産量No.1で、世界生産の40-50%を占めるにも関わらず、ほとんど輸出せず、自国内で消費しています。品種も我々が良く目にするアーウィン種ではなく、数千種類の多様性を持つ。素晴らしい環境ですが、足が早いなどの理由で、徐々に品種が淘汰され、その多様性が失われつつあるのだそうです。

歴史:マンゴーは仏教の普及とともに紀元前4〜5世紀頃、仏教僧によりインドから東南アジア諸国へ持ち込まれたとされ、独自の進化を遂げました。インド系統は種子から1株が発生する単胚性で、果皮は赤や黄色に色付きやすく、乾燥した気候に適応しています。一方東南アジア系統は種子から複数株発生する多胚性で、果皮は緑や黄色のままであることが多く、高温多湿の熱帯気候に適応しています。15世紀末から16世紀にかけて、ポルトガル人によりインドからアフリカ、ブラジルへ広がりました。一方スペイン人はフィリピンから中米地域へ導入しました。

リンネが1753年につけた学名がMangifera indicaです。マンゴーはインドパキスタンフィリピン国果であり、バングラデシュの国樹に指定されています。ウルシ科なので皮膚炎にはご注意。

さて、19世紀以後フロリダでヘイデン種、ケント種、カイト種、トミーアトキンス種など現在の世界市場を席巻する品種が誕生し、メキシコなどへと広がりました。1949年フロリダでヘイデン系から発生したのがアーウィン種で、それが1960年代に台湾へ、1980年代に日本へも導入されました。現在栽培されている大きくて熟すと赤くなるマンゴーがそれです。キーツマンゴーもインド系、ペリカンマンゴーは東南アジア系です。

鋭い方はここまで読んでわかると思うのですが、現在世界で流通するマンゴーはフロリダ起源が多いために遺伝子的にばらつきが少なく、それ故病害虫に弱いなどの脆弱さが喫緊の課題となっています。したがってインド系や東南アジア系の遺伝子を導入した新たな品種の誕生が待たれている状態とも言えます。

さて、インド国外にはしたがってほとんどそのマンゴー文化は伝わらないまま「マンゴーラッシー」という概念だけが海を越え、我々と共にあり、それを飲んでいるというわけです。それではリスペクトが足らんだろということで調べたのが上記の文章です。

インドにおけるマンゴーへの執着は、我々における米と似ており、果物という「嗜好」どころか主食、あるいは国家規模の「集団的熱狂」あるいは「宗教的儀式」に近い、と多くのサイトが断じているのが面白いところです。インド国内の気候は多様であるが故、地域によって食べられる種類は異なります。

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インド人のマンゴー愛がこれでもかと伝わってくるエピソードや、その情熱を象徴するトピックをいくつか紹介します。

  1. マンゴーは飲み物」:アームラス(Aamras)の熱狂

    インドでは、完熟マンゴーを贅沢に潰してピューレ状にした「アームラス」という食べ方が愛されています。これを揚げパン(プーリー)と一緒に食べるのが夏の定番です。ここでマンゴーは単なるデザートではなく、食事のメインとして扱われます。あるインドのブログでは、「夏に親戚の家を訪ねる唯一の理由は、その家の秘伝のアームラスを食べるためだ」とまで綴られています。

  2. 10億人が「専門家」を自認

    インドには1,000種類以上の品種がありますが、インド人は「どの品種が最高か」について、数時間は議論し続けられます。そしてアルフォンソ(西) vs ダシェリ(北)の争いは、たけのこの里vsキノコの山の如く、自分の出身地域の品種が世界一だと信じて疑いません。彼らは香りを嗅ぎ、手触りを確認し、色艶を見る。全てのインド人が自称「マンゴー・コンノッサー(鑑定家)」であり、市場での真剣勝負は夏(6月ごろ)の風物詩です。

  3. 贈答用マンゴー」はお中元の定番

    マンゴーの季節になると、インドの空港や駅はマンゴーの箱を抱えた人々で溢れかえります。最高のマンゴーを贈ることは、友情や敬意の最大の証であり、ロイヤリティの象徴です。ビジネスの世界でも、クライアントに数十箱のマンゴーを贈る習慣があり、もはや経済を回す「季節限定の通貨」として機能しています。

  4. 廃棄物「ゼロ

    インド人はマンゴーを文字通り「骨まで」しゃぶります。はそのまま食べ、あるいはジュースにします。皮と種は乾燥させスパイスを加え、おやつや消化を助ける薬(パチャク)にします。未熟な実はカレーに入れたりピクルス(アチャール)にして、通年で楽しみます。葉を玄関に吊るせば魔除けと幸福の象徴になるのです。

  5. 政治をも動かすマンゴー

    2024年には獄中の政治家が「糖尿病が悪化した」と保釈を申請しましたが、検察は「マンゴー食べてわざとでしょ?」と反論します。しかし国民の反応は「マンゴーならしょうがない」と好意的で、裁判所は保釈を認めました。この流れは「マンゴー・ゲート」などと言われネットミーム化しました。


インドのブログ『GO DESi』では、「私たちの血はアームラスのせいで黄色くなっている」とまで表現しています。彼らにとってマンゴーは、夏の暑さを耐え抜くための「黄金の報酬」であり、「善き生」に不可欠な要素なのです。

美味しいマンゴーラッシーの作り方

ラッシーは紀元前1000年から飲まれており、インドの伝統医学であるアーユルヴェーダでは消化を助ける役割があると説明されています。この伝統からわかるように、ラッシーは圧倒的に「素のままで」飲まれることが本来でしたが、第2次世界大戦後の移民の波が変化のきっかけとなりました。

カレーと一緒に楽しむものとしてイギリスに上陸し、インド料理店が急増した1970年代以後、レストランで出される飲料として不動の地位を築くことになりました。一方マレーシアとシンガポールでは屋台で出される飲料として親しまれ、ビリヤニなどと一緒に供されました。

本国インドでは多様性があったものが、移民と共に、辛いものに慣れていない外国人にとって入門しやすい、外食と相性がいいなどの理由があり現代ではかなりメジャーな飲み物になったと推測されます。多様性を持つマンゴーが、グローバルに展開するときにはその多様性を失ったことと、ラッシーという飲み物が多様性を失ったことは構造が似ていますね。

2000年以後、「映え」るラッシー系ドリンクの成長率は著しく、小売各社も力を入れている分野、との事です。ここで再度多様なドリンクが登場、という段階なのでしょう。

インド人はマンゴーを愛しています。したがって、マンゴーはアームラスとして楽しみ、マンゴーをわざわざラッシーというドリンクにしばる理由はなく、6月のマンゴーの季節に果肉をラッシーに入れて楽しむ事はありますが、それは他の果物でも同様で、通年で楽しむことはインドではなさそうです。


さて歴史がわかって納得したところで、辛い料理と一緒に飲むには、イギリスに上陸したような濃厚なマンゴーラッシーが圧倒的に好みです。そこで色々検索して最適解を探っていきたい。

材料としてはトタプリマンゴーなどのもっと安い加工用のマンゴーを用いるのが本来なのかもしれません。ところが日本で探してもなかなか対応するものがなく、一番安いものがこれ。

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850g(24オンス)600円程度で売っているアルフォンソマンゴーのピューレです。これをドリンクにするのは贅沢かもしれない。が、しょうがない。

合わせるのは濃厚なヨーグルトが好まれます。パルテノ、オイコスなどです。これらはそのまま使えますが、インドのヨーグルト「ダヒ(Dahi)」に近づけるため、普通のヨーグルトは水切りすると良いでしょう。ダヒの原料には水牛が用いられています。

マンゴーとヨーグルトの量は1対1が基本のようです。

ラッシーを調べている時に、バング・ラッシーというものを知りました。大麻の液体誘導体であるバングを含む大麻入り飲料で、他の経口摂取形態の大麻と同様の効果があります。インドの多くの地域で合法であると知って驚きました。あまりにも普通なので禁止できなかったのだそうです。先程の「マンゴー・ゲート」と似た話ですし、これがあるからアルコール禁止されても……という事なのかな。

カルダモンについては諸説あります。カルダモンはスパイスの女王と言われ、サフラン、バニラに次いで値段の高いスパイスです。乳製品のコクを増しますし、マンゴーとの相性が良い、という理由で少量入れることがあるようです。同じ理由でローズウォーターを入れるレシピもありました。サフランを入れることがあるのは贅沢目的のように見えます。

甘みは砂糖か蜂蜜とあります。甘みの黄金律みたいなものはないようです。さて、甘い飲み物の最適な糖度ですけれど、果物と全く同じで、12%-15%が美味しい、とされています。通常マンゴーピューレが16-20%の糖度なので、ヨーグルトを混合した時に14-15%になるように糖度を調整します。

したがってヨーグルトに対して10-12%の砂糖を入れる、というのが標準的です。ほんの少しだけ塩を入れるレシピもあります。

氷は入れても入れなくてもOK、ラッシーは素焼きのコップに入れるのがインドでは定番ですが、マンゴーラッシーに関してはインド本国とは関連性が薄いと解釈してガラスのコップが良いのではないか。

具体的な作り方は書いていませんが、辰巳芳子先生をリスペクトしてこんな書き方にしました。


ちなみにさらっとした飲み物が飲みたい方に、インドで定番のノンアルコールドリンクリストを用意しておきます。

  • ニンブー・パーニー / シカンジ (Nimbu Pani / Shikanji):新鮮なレモン汁に砂糖と水、さらに黒塩やクミン、ミントなどのスパイスを加えたものです。黒塩、つまりカラ・ナマクは、硫黄臭の強い窯焼き岩塩です。身体を冷やす効果があります。
  • チャース / チャッチャ (Chaas / Chaach):バターを作る過程で残った水分「バターミルク」です。少し発酵していて酸味があるのが特徴。
  • アーム・パンナ (Aam Panna):未熟な青マンゴーを茹でて果肉を取り出し、クミン、黒塩、砂糖などを加えて作る甘酸っぱくスパイシーな飲み物です。美味しそうですね。
  • ジャルジーラ (Jaljeera)::「ジャル(水)」と「ジーラ(クミン)」の名が示す通り、クミンを主成分としたスパイス水です。これが置いてあるレストランはあります。
  • タンダイ (Thandai): 牛乳をベースに、アーモンド、フェンネル、ローズペタル、サフラン、カルダモンなどのスパイスを混ぜた贅沢でリッチな飲み物です。
  • コクム・シャーバット (Kokum Sherbet): 沿岸部(コンカン地方など)で特に人気がある、コクムという果実から作られる鮮やかな赤色の飲料です。
  • サットゥ・シャーバット (Sattu Sharbat): 炒った豆の粉(サットゥ)を水で溶かし、塩、クミン、レモン(または砂糖)を加えた栄養価の高い飲み物です。

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これからインド料理店をオープンする、インド料理で人をもてなす、そういう時に参考にして下さい。BBQに合うかも知れません。


胃炎雑記

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ここに示したメモは多分、他院で良くならなくてうちにいらした方への説明だと思うのです。

「教科書通りなら苦労しない」

胃潰瘍だったらこの薬、逆流性食道炎だったらこの薬、機能性ディスペプシアだったらこの薬。

日本では、あるいは世界でも「XだったらY」みたいな治療のされ方をするのが普通で、だから患者さんも「薬だけ下さい」になっちゃった。世間一般は、あるいは9割はそれで良いのですけれども、うちに来る患者さんはそれでは治らなかったという人が多く、それに寄り添う事を繰り返してきたから、どうしても「薬だけは出せない、診察させて下さい」になってしまうめんどくささがあって申し訳ないです。でもオンライン診療という手段があるので、時間のない方はご利用下さい。

たぶんこの方は「胃もたれ」が主訴じゃなかったかと思います。そして内視鏡をしたのではないか、そしてこんな流れで説明をしたのでしょう。

今までの病態の理解に、若干の瑕疵があるかもしれないと疑問を呈する

「胃炎」という病名の取り扱いはとても難しく注意が必要です。医者の中でもその意味が共有あるいは統一されていないほどだから、その病名で患者さんに説明するのは適切じゃないと考えている、と説明しているのが左上あたり。シドニー・システムという胃炎の国際的な分類法があって明確に「慢性胃炎とはすなわち Helicobacter pylori(ヘリコバクター・ピロリ菌)の感染状態」と定義されます。これが世界の標準だから、これに則って私は説明します。すなわち全員のピロリ菌感染の有無がわかっていなければならない。だからといって呼気テストが全員に必要なわけではない。内視鏡医が優れている場合、あるいはそうトレーニングされている場合は、内視鏡所見で呼気テストと同等以上の精度でピロリ菌の有無が判別できると説明し、あなたにはピロリ菌はいないから前の病院での「胃炎」という診断は別の分類(いつの時代のどういう分類かは知らないが)に伴うものであろうと続けています。

一般的に、上腹部に症状があると「慢性胃炎」と患者さんに説明するし、組織検査をしても「慢性胃炎」だと説明する医師が多い。けれども症状と関連しない「所見の解釈の言葉の一つ」という意味しかなく、臨床上意味を持ちません。つまりこの方は以前は「慢性胃炎」と診断されていたけれど、実際には異常がない状態である、と説明をしています。

胃炎の京都分類

胃炎に京都分類があって2014年に発表されており、シドニー・システム同様にピロリいる、いない、いたが大事になってきます。僕と父は当たり前のように2000年以前から記載していたもので、「ようやくか」という感じですが、案外内視鏡医にとって難しいのが「発赤」らしい。

僕は写真の基本的な知識があり、画像処理のプログラムも書いていたので、ちょっと他の先生と違うのが「もともとの画像をいじらない」ことでした。そのほうが、あとでいじるとき劣化が少ないからです。画像というのは強調を2回するだけでかなり本来の情報が非可逆的に失われてしまう。

このためA3B5というような強調レベルで普段検査をしている。ところが世の中の先生はA8B8などと強調している事が多いです。すると何が起きるか。胃には極小の赤い点が無数にあるのですが、あまりにも強く画像処理すると全体がのっぺりと赤く見えてしまう。点の大きさが大きくなって点状発赤のように見えてしまう。自分が見ていても「あれ?なんか炎症があるみたい」と思ってしまうようなバイアスがかかるのです。

なぜ極端に画像を強調するかというと内視鏡は後半になるとレンズの汚れが気になるからかも知れません。ピントが合わないような画像になるので困るのです。予め粘膜に触れない、レンズを洗うなどの工夫が必要ですがかなり繊細な操作が必要です。つまり僕の設定ではとても難しく感じてしまうようです。

鵜川医院の内視鏡レポートを見ると略号が多く書かれているのですが、医者どうしで共有しやすい形なのでご容赦下さい。その意味は検査時には説明してありますし、もしも忘れても、ピロリ陽性の場合はしっかり書いてあり、それがなくC-1と書いていればピロリ未感染、それ以外はピロリ既感染を意味します。その他暗号めいた言葉が書いてありますが、人工知能に読んでもらえばすべてわかる形にしてくれると思いますのでここでは書きません。

And beyond…

内視鏡観察の情報量は大きいので、胃炎の有無は全体のごく一部です。薬の影響、食べ物の消化、動きの異常、症状との関連性、胃の外側の病気、無数の所見をすべては記録できませんが、静止画の形でかなりを残すことが出来る。とはいえ完璧な検査などない。うなぎは焼き一生と言いますが、内視鏡もそうだね、と内視鏡の師匠とは意見が一致しています。


気の利いた表現

日頃話している台詞は忘れてしまうので、どれだけウィットに富んだ表現が出来ているかわからないのですが、「なかなかこう表現はできない」という言葉選びは、英語話者のそれに多いです。それが普段英語の文章を多く読む理由かもしれません。

映画やドラマでもそうです。

『プラダを着た悪魔2』で、ファッション雑誌の親会社の新社長は洋服に興味がなくいつも化繊のラフなスタイルです。自分たちの雑誌の予算が縮小される気配を感じたのでしょう。社員どうしでこんな会話をしています。

「彼は全身化学繊維、俺達のことなんか興味ないんだ」
「ふふふ、彼はよく燃えるわねきっと、まるで3月のクリスマスツリーのように」

中村明さんの著書『比喩表現辞典』というのがあるのですが、この中でも結構外国由来と思われる比喩が登場します。永井荷風『ふらんす物語』も多く登場します。荷風先生は僕たちがよく使う「夢のよう」のような表現をはじめて使ったようで、もしかするとフランス文学からなのかも、と思います。

比喩だけでなく、たった数語のタイトルに視点ごと畳み込むような表現にも、はっとさせられることがあります。


医学雑誌のJAMAに載っていた医師のエッセイが、まさにそういう一篇でした。

題名は”Caring for Each Other’s Sons”なんですが、最後まで読むとたぶん意味がわかると思いますのでお付き合い下さいませ。

米国には退役した軍人が沢山います。退役軍人の事を『ベテラン』と呼びますが、彼らは必ずしも恵まれた人生を歩みません。精神を病んだり身体に欠損が起きたり就職が困難だったりお金に困ったり孤独だったりする人もいます。

著者である医師はそんな彼らの終末期の緩和ケアをしています。時々頭の中で彼らの亡きお母様に向け、こんな手紙を書くのだそうです。

親愛なるお母様 あなたの息子さんは亡くなりつつありますが、私が責任をもって面倒を見ます。あなたが亡くなった時、息子さんはまだ13歳でしたが、今でもあなたが自分の死に備えてくれたことを覚えています。息子さんは、あなたが父親の心の準備も手伝ってくれたことを知っています。その後、二人は真の親友になりました……。 (ナラティブな彼のエピソードが描かれている) 息子さんは、自分が死んだ後に何が起こるかは分からないけれど、またあなたに会えると感じていると話しています。そして、それが彼に安らぎを与えているそうです。 私たち緩和ケア病棟は、もうここにいない母親たちに代わって、その息子たちをケアしています。 (緩和ケアでどれだけ大切にあなたの息子に接しているかを丁寧に書いています) 最期の時を、まるで自分の息子のように大切に看病します。それをただ、あなたにお伝えしたかったのです。

あなたの息子を、私がケアしている。そして私が我が子のように看ているこの人を、ここまで育ててくれたのはあなただ。お互いに、相手の息子を看ているのだ——“Caring for Each Other’s Sons” とは、そういう題名だったのです。


“We care for the sons of mothers who can no longer be here to care for them.”という表現とか、お互いの息子たちのような表現は、なかなか日本語では出てきにくい。

これを読むまで、自分が患者をケアする時の感覚は、執事のような、あるいは家族の一員としてお世話をするような構えだった気がします。女性であるHumphreys医師が患者の亡き母に向けて手紙を書く時の、「母であるあなたの代わりに、私があなたの息子を看ます」という構え。僕は女性ではないけれど、この視点はより大きな安心を患者さんに与えられるのではないか。説明すると長くなってしまう内容が”Caring for Each Other’s Sons”という短い文にぎゅっと詰まっていて、すごいなと思ったのでした。


プロフェッショナル〜仕事の流儀〜

BMI(ボディマスインデックス=肥満度)が30を超えることを「肥満」と言う。みなさんが自分の事を「肥満」というとき、多くは「過体重」であって、まだ「肥満」ではない。もちろん肥満でないことに越したことはないのだが、責めてはならない。その成立は複雑で、全人的に患者さんを理解する必要がある。残念ながら僕はその領域に達しておらず、おそらく地球上の他の先生方もそうで、だからこそGLP-1アナログという武器が何兆円も売れるのだと思う。

それはいいとして、太ると足にはいろいろなことが起きる。むくみ、湿疹、ちょっとした傷が治らない、皮膚が硬く黒ずんでくる——ある日唐突に「こうなっちゃって」と診察で相談されると僕は天を仰いで「ああ、ここにも」と思うのだ。

ある日、その手のトラブルを抱えた患者さんと話しているといささかご機嫌斜めである。聞けば、皮膚科で「これは治らないですね」と言われたのだという。たしかにその一言は、言われた本人にとっては気持ちのいいものではない。

僕は少し考えた。なぜなら「治らない」とは言っていないはずだから。たぶん患者さんが「すぐ治るんでしょうね?」と質問し、「いや、(すぐ)治らない」という会話が行われたはずなのだ。ただ「言った/言わない」の議論は良くない。かと言って、その皮膚科が嫌だ、という印象を持たせてはならない。なんとか取り持たないといけないなと思ってこう言った。

「いや、皮膚のプロフェッショナルとしては、その前に循環がもうちょっと良くならないと素直に治ってはくれない、という気持ちが出た台詞ではないでしょうか」と申し上げた。「そもそも太っていることで足の循環が悪くなってこうなったわけで、皮膚の専門家としては、これは全身の問題だ、ここで私の領分で話しても解決しない、というお気持ちだったのではないでしょうか。現にあなたは僕にその話を持ってきてくれ、皮膚科の先生の思い通りになった」

すると意外なことに、その方はぴしゃりとこう返された。

「太っているのが原因なら、痩せる努力をします」

立派なものだと感心した。たいていの場合、こういう話は「でも今更」「だって膝が痛い」「忙しくて」と転がっていくのが定石なのだが、この方はあっさり正面から受け止めた。それならば内科のプロフェッショナルとして何かお返ししなければ、という気持ちになる。

そこで僕はこう言った。

「あなたは両国駅におりたことはありますか?私はあるのですけれど、そこでは不思議な光景を見ます。ええ、お相撲さんが普通に歩いているのです。──彼らは、いわばプロフェッショナルな肥満です。彼らのやっていることは、すべてお手本になります」

──と、ここで少し思うところを述べた。

肥満で最大の問題のひとつは、下肢の循環障害だと僕は考えている。重い体重が一日中、二本の脚にのしかかり、静脈もリンパも難儀をする。ところが力士は、これを実に見事に回避している。

まず股割り。あれは骨盤から鼠径部、内転筋までを徹底的にゆるめる動作で、深部の血流とリンパの流れにとっては、おそらくこれ以上ないストレッチだ。

次に四股。片脚で全体重を受けたあと、反対側へ重心を移す。下肢の筋肉が交互に強く収縮し、弛緩する——これは要するに、巨大なミルキングアクションである。ふくらはぎだけでなく、大腿、臀部までを総動員するポンプ運動。

裸足、あるいは外で歩くときには草履。これも非常に重要な事で、趾の動きを常に意識させることが大事。スポーツとしての相撲は、趾を駆使するから、これも循環を良くする。

そしてここからが眼目で、ひとしきり午前中に動いたあと、彼らは昼寝をする。昼寝、というと締まらないが、要するに横になる。下肢を心臓と同じ高さに戻し、重力からいったん解放する。この「動」と「静」の組み合わせを、彼らは何百年も前から日々の作法として行っている。

さらに、と僕は続けた。「土俵にまく塩——あれもただのお清めではないのではないか、と私はかねがね思っているのです。汗をかき、擦り傷を作り、相手の汗とぶつかり合う場所に、塩。あれは多分に、感染防止の知恵が含まれている。神事の体裁をとりながら、実用的な衛生管理を何百年も続けてきた——そう考えると、ずいぶん合理的なものではないでしょうか」

ここまでお話しすると、その方はいちいち感心したようで、すっかり大人しくなった。

「痩せる努力はします。でもそれまでの間、股割りと四股と昼寝、やってみます」

いきなりハードルが高いので実践できるかどうか心配だが、まあ、いいのである。お相撲さんに学ぼうという気持ちさえあれば、そこから先はなんとかなる。

帰り際、その背中を見送りながら、僕はふと、皮膚科の先生にも申し訳ないような気持ちになった。そもそもこの流れを作ったのは彼である。プロフェッショナルの仕事をした。で、美味しい部分は自分がいただいた形である。患者さんとしてはよく説明してくれたのは僕だ、と理解しているに違いない。でもやはり最初の一歩のほうが大切なのでは?これからも皮膚科に通ってね、これを言い忘れてしまった。

塩のひとつまみに何百年分の知恵が含まれているように、診察室の言葉にも、考え抜かれたもう一手間があるべきで、それがプロフェッショナルの流儀なのだろう。次回の来院はいつにしましょうか、同時に皮膚科も通ってくださいね、ここまで出来ないといけないなと反省したのだった。