胃がん検査 / 胃がん検診 / 原風景
目次
胃がん検査をどう考えるか
胃がんはかつて日本で最も多いがんでしたが、今は治療と診断が進歩し、早期に見つければほとんど治る時代になっています。日本は世界のなかでも特に「早期がんを発見する技術」が発達しており、検査の受け方を理解することが大切です。
まず入口となるのが ABC検診(胃がんリスク検診) です。血液で「ピロリ菌の有無」と「胃炎の進み具合」を調べ、将来の胃がんの起こりやすさを予測します。これによって、必要な検査の頻度が変わります。症状の有無だけで判断するよりも、はるかに合理的です。
内視鏡(胃カメラ)は診断の精度が高く、特に胃がんのリスクが高い方や症状のある方では有用です。検診という意味で毎年受ける事には抵抗はあります。バリウム検査(レントゲン二重造影)は歴史的に普及しましたが、現在は内視鏡の方が明らかに診断能力が高く、必要性は下がっています。ただし内視鏡を受けない方には必要です。
検査の受け方は年齢や背景で変わります。
20〜30歳:一度ABC検診を受けると指針になります。
30〜50歳:A群以外なら数年おきの内視鏡を検討します。
50〜65歳:飲酒・塩分などの生活習慣もリスクに影響します。
65〜80歳:これまでの結果を踏まえて検査間隔を調整します。
80歳〜:内視鏡は“健康診断”ではなく、症状の原因を探るために行うものになります。
どの年齢でも大切なのは、ご自身の体の状態や生活、過去の検査結果をまとめて考えることです。私は、エコー検査や問診、日々の体調の変化、お薬の内容などを総合して「今どの検査が最もメリットが大きいか」を判断します。これをここでは「文脈」と呼びます。
検査には時間も費用も体への負担もあります。そのなかで、もっとも納得のいく選択ができるよう、お一人おひとりの状況に合わせてご提案します。ABC検診は自費検査で、相模原市のように医師会が負担して安価で提供している地域もありますし、厚木市のように自治体が安価に提供している地域もあります。個人の医療機関が行う場合、2500円〜4500円程度が妥当な価格であろうと思います。当院では再診の方で2100円と設定しています。初診患者さんがそれを希望する場合はもっと高いケースもあると思います。
お伝えしたいことは以上です。
ここからは、胃がん診断に携わってきた自分自身の歩みや、
日本で胃がん診断がどのように育ってきたかを、少しゆったりと書いたものです。
検査の実際とは離れますので、読み物としてお楽しみください。
長尺版:胃がん検診に関する一考察

最初の胃の内視鏡検査は、剣を飲み込む大道芸人さんにお願いして行われました。
いつもわかりにくいと言われるので、先に結論だけ書きました。ここからは自分が自由に書いた文章です。ご笑覧ください。
かつては日本人のがんと言えば「胃」という時代がありましたが、今は、肺、大腸、乳腺などが多くなっていて、少し目立たない存在になっています。それでも例えばアメリカでは移民の流入に伴って増加、などのニュースはあります。なにより早期がんの診断技術が行き渡っている国は日本のみということで、未だに重要です。
さて、私の父は東大分院の出身で、昭和33年に入局しました。ここは胃がん診断の第二のメッカのような場所でした。第一のメッカは東大附属病院の第一内科、第8研究室(通称8研)です。胃カメラは昭和25年に東大分院で発想されたと言われていますが、歴史的には昭和27年ごろに8研で完成ということになっていて、大変微妙な力関係があったのだろうと想像します。
昭和35年に二重造影を開発した白壁先生、国立がんセンターでそれを発展させた市川先生、東大8研で胃カメラ開発をした﨑田先生(関係ないけどエーザイのサイトは、﨑田を崎田と書いていてゾッとしました。﨑の字を間違えると﨑田先生が激怒して担当者は首が飛んだという伝説があるのですが、わざとかな?と勘ぐったりしています)、同じく8研の竹本先生などが集まって「初期癌研究会」が発足されました。

早期胃癌研究会のスポンサー、エーザイのホームページのスクショ
「早期胃癌」という概念が誕生したのが昭和37年で、これを受け昭和39年に名称を「早期胃癌研究会」と変更しています。この研究会は現在も続いていますが、自分は怖くてとうとう一度も行きませんでした。(会場に参加している医師が、司会から名指しされて、所見を読まねばならないという試練があります。それをくぐり抜けると大成するのです)
昭和33年に米国から帰国して胃カメラ検査を見た父は「あまりにも患者さんが気の毒だ」と思ったそうです。そこでトーマス・ジェファーソン大学で麻酔学を学んできた父が塩酸ペチジンを70mg静脈に注射したのだそうで、それが鎮静剤ありの胃カメラの最初です。しかしこの方法は効率性に劣ることもあって、胃がん診断の歴史も持つ8研出身の先生方が鎮静剤なしの胃カメラで全国制覇したのかしらと想像します。つまり胃カメラは苦しいのが普通になりました。
ちなみに日本以外では最初から鎮静ありでファイバースコープ、上部内視鏡検査をします。最近になって「鎮静なしでもできるかも?」という論文が出るほどです。
レントゲンでの二重造影という発明は、医師がかかわらなくてよいという意味で最も効率がよい(べつに安いわけではないのですが、技師などのマンパワーさえあれば回せる)ので、もちろん胃カメラよりもさらに普及しました。実際「胃がん検診は寿命を伸ばす」というエビデンスがあるのもレントゲンなのです。ここで問題は、内視鏡とレントゲン二重造影では、内視鏡が優れすぎていてあまりにも診断能力に差があるため、ランダムに比較することが今さらできないことです。
とはいえ、常識として胃カメラのほうがよいことは医師全員が実感していることであり、医師の余力のある首都圏から徐々に胃がん検診はレントゲン二重造影から内視鏡に置き換えられつつあります。ただしこの動きには限界があるでしょう。
ただ、内視鏡にせよ、レントゲン二重造影にせよ、侵襲性があるのは事実で、理想の方法かと言われると疑問です。日本以外で普及しないのはそれが理由です。事前確率を高める方法としてABC検診が大変有用なので、それを自分としてはまず推したいです。
診断に関して検査を何かする場合、事前確率を高めることが本来は重要です。それを無視するのは人間ドックであったり、米国で使われるなんとかパネルというような検査です。網羅的に全部調べる。でもこれはリソースの浪費であって、研究目的以外では認められない金持ち優遇の方法です。
私が問診したり、診察したり、お薬手帳を見たり、マイナンバーカードの情報を分析したりするのは事前確率を上げたいからだし、エコーは侵襲がなく安いのでやはり事前確率を上げるために使います。胃がんリスク検診(ABC検診)はピロリ菌という重要な因子と、胃炎の進展というやはり重要な因子を、血液検査で調べるたいへん有用な検査です。
ABC検診は東大第一内科出身の三木一正先生が孤軍奮闘で完成させた手法です。私ががん研有明病院にいた2008年、東邦大学の教授を退官された三木先生が移ってこられました。「内視鏡診断の究極の場所みたいなここになぜABC検診の三木先生が?」と驚いたのですけれど、実は内視鏡医としても優れているからこそ「まずは血液検査で層別化することが大事」とおわかりになったのですね。学会でご自分の主張をされる姿とは異なる、穏やかな普段の姿が印象的でした。患者さんにも優しい。
検査法が統一されないというABC検診の難点は、「三木先生が勧める検査だけじゃあ、COI違反じゃないの?」というおかしなことを言う人がいるためにばらついた結果なので、とても残念。
なにしろ胃炎の診断は難しくて、その診断技術を身につけている専門医は20年前はまだほとんどおらず、今も自信を持っている医師は多くないでしょう。胃がんの診断の神様と言えば、父の先輩にあたる竹添和英先生ですが、竹添先生は「背景を見なさい」とよく言っていました。しかし1990年代、その言葉の意味が父も自分もよく分かりませんでした。
初期癌研究会のところで名前を出した竹本先生の弟子の木村先生が、さかのぼって昭和41年(1966年)に胃炎の木村竹本分類というものを発表されています。昭和58年(1983年)にピロリ菌がオーストラリアのマーシャルによって発見され、平成2年(1990年)頃にはピロリ菌が胃潰瘍や胃がんと関連していることが明らかになって、除菌治療が開発されました。このピロリ菌による胃炎がすなわち木村竹本分類なのだ、と理解が進んだのが1995年前後で、どういう経緯だったのか忘れましたが1991年に医者になって1995年に大学院を卒業していた自分は、父とこの件について議論したというか、父が「こう思うんだ」というので「同意」と言ったにすぎないのかもしれません。それで「鵜川医院で木村分類を全員記載しよう」と決めたのでした。木村分類再発見まで30年。
それから30年、京都分類が今はあり、木村分類が下地になっていますけれど、きちんと記載している医師はまだ多くない。
カッパ比という指標があります。二人の診断の一致率を示します。最初の数年はひたすら二人で「これはC-3かな、O-1かな」というようなことを話し合っていました。思えば当時が一番父と医学的な議論が多かったと思いますし、父も生き生きとしていました。学会に発表したり論文を書いたりもしました。私と父とではカッパ比が0.5を超えていて大変優秀なペアでした。その結果として比較的きれいな胃がんと萎縮のデータが出ました。

ここでわかるのはC-3とO-1の難しさ。それからO-3は飛び抜けて胃がんのリスクが上がるという事実。あと、あんまり言われていないと思うのですが、萎縮がないときは未分化癌が多いという都市伝説は間違っているという事実です。O-3を除いてほぼ同じです。
結局どう検査を受けるのが良いのか
ここまでの文章から、どう胃の検査を受けたら良いのか、は全く想像できないと思います。実際私自身、検査は「文脈が大事」であって、画一的な検診には否定的な立場です。考え方としてはドイツに近いです。まずは年齢別にまとめると良いかなと思いますので、以下、ご覧いただきたいと思います。
〜20歳
症状がない限り検査はしない。貧血があるときに、保険適用外だがピロリ菌の有無の検査をするのは悪くない。検査をする場合も先にエコーで評価をしておきたい。
20歳〜30歳
一度ぐらいは自費でABC検診を受けるのが最上。症状があればエコーを行った上で内視鏡を受けるのは良い。このとき重要なのは「きちんと写真を残す」あるいは「正しく胃炎診断できる医師に検査を受ける」です。
30歳〜50歳
ABC検診のチャンスを待つ時期。A群以外では数年ごとの内視鏡を視野に入れる(例:3年ごと)。胃がんの家族歴を持つ人では3年ごとの内視鏡を考慮する時期。もちろん症状があればエコーを行った上で内視鏡を受けるのは良い。
50歳〜65歳
上記に加えて、アルコールを多量に飲む、顔が赤くなるのに飲む、塩分をたくさん食べる、タバコを吸う、などのリスクがある人は検査を視野に入れる。過去に受けた検査の結果を分析して今後の検査スケジュールを決める。
65歳〜80歳
以前に検査をちゃんと受けていた人はその結果に従ってスケジュールを組んでいく。むしろA群でも食道裂孔ヘルニアが多くなり、内視鏡が必要になってくる時期ではある。
80歳〜
健康診断としての内視鏡にはメリットがなく、症状の解決のために内視鏡が重要になってくるのだが、合併する病気も多彩。したがって個人の医療機関ではほとんど行わない。
医者選び
「内視鏡専門医」と公表していれば安心。
バリウムによるレントゲン二重造影検査
個人的には避けてほしいと思う検査です。特に妊娠可能な年齢の女性が受けるべき検査ではない。会社がこの検査を強要するのはどうかと思う。特にABC検診のA群の人には不要じゃないかと思います。SMTなど胃の他病変を発見するメリットは、エビデンスになっていません。
ドックでの内視鏡検査
良いと思いますが、医師の署名が入っていると安心です。診断医の名前が入っていないのはどうかなと思う。
鎮静ありの内視鏡か、経鼻内視鏡か
どちらでも良いと思います。画質が向上したため、診断能力に大きな差がありません。
自分の場合は鎮静している方が少し診断能力が高くなるで、鎮静なしの内視鏡は基本的に行いたくありませんが、ある日ころっと経鼻内視鏡検査をするかもしれません。
他の医療機関と鵜川医院はどう違うか
あんまり違いはないと思います。
文脈を大事にするところ、エコーを組み合わせること、鎮静をすること(でもガッツリ派ではない)ぐらいです。所見を差し上げますが、その内容が優れているとは思います。
文脈ってなに?
そういう疑問があろうかと思います。
その方のメリットを最大にするように考えを組み立てていきます。ご本人の希望は第一ではなく、本人の身体にとってもっともメリットが大きなゴールはなにかを設定します。
時間、費用、苦痛の有無、本人の現在のバイタルや体調、本人の考え、私のリソース、他者(家族、主治医など)の考え、最終診断予想、レッドフラッグサイン、それらを考慮しつつ、脚本を考えていくのですが、その流れのことを文脈、と表現しています。
私の原風景
毎週木曜日が研究日だった父は、その週に小田原の林病院で手術をした患者さんのホルマリン固定した組織を持って東大分院に向かいます。到着するともう夜7時ぐらいでしょうか。
平日に自分が車に乗って一緒についていくことが現実的なことだったのかどうか、良く覚えていませんが、かなりの回数、東大分院に行った記憶があります。
その1週間前に持っていった固定した組織を技師さんがパラフィン包埋してくれてあります。それをマイクロトームで厚さ4μmにスライスし、スライドに載せる作業をします。
そのさらに1週間前に、スライドに載せておいた組織を技師さんがHE染色してくれていて、標本が完成しています。それを家に持って帰ります。家にある顕微鏡で写真を撮り、病理のレポートを書きます。
ずっと勤務医だった父の日常はそういう感じです。彼が鵜川医院を開業したのは僕が医者になった時期ですので、みなさんが想像する医者の子供という感じではないだろうと思います。
実際の作業は、「固定した標本を置く」「マイクロトームでスライスしてスライドに載せる」「出来上がったスライドをもらってくる」という流れで、1時間ぐらいしかかかりませんから、小さな子供でも邪魔になるまいという判断で連れて行ったのかしらと思います。
19時ごろの東大分院は誰もおらず、でも鍵がかかってもおらず、だいぶ不用心な感じです。たくさんいるはずの患者さんに会うことはとうとうなく、おそらく外来棟、研究棟、病棟は別なんでしょう。研究棟の建物は木造で2階建てだった気がします。
自分が19時ごろにフラフラしていたのは、正面の外来棟、そして右奥にあったと思いますが研究棟で、敷地内にはドラム缶が捨ててあったり、そのドラム缶に放射線のマークがあったりで、ちょっと世紀末っぽい雰囲気を醸し出していました。ゾンビが出そうな。
自分が何歳頃の話かは忘れてしまいました。5歳ぐらいで行った気もするし、小学校高学年だった気もします。ただ、窓ガラスがだいぶ割れていて、「闘争!」(労働紛争関係)と書いたビラがすべてのガラスに貼られていたのが読めましたので、小学校高学年だったのかしらと思います。
ビラの内容はストライキに関するもので、労働争議の延長のようでした。「白い巨塔」とは別の、ドロドロっとした物語があったのだろうと想像できます。
東大分院の目の前が、須川暢一先生の実家です。須川先生は僕の叔父ですけれど、いくら目の前にある大学とは言え、東大の医学部に入れるものだろうか、いったいどんな天才なんだろう?と子供ながらに不思議に思った記憶があります。
東大分院出身では藤田力也先生が内視鏡的な治療の開発において世界的に有名で、須川先生の親友でもあって、結果として私は大学院を卒業したあとにまずは須川先生のところで2年勉強、その後は藤田先生の教室(昭和大学藤が丘病院)に入局させていただきました。
その藤田先生とは子供時代、大学生時代にもお会いしたことがあり、可愛がっていただきました。結局のところ、子供時代の原風景が自分の人生に深く関わっているのだなあと思います。その後、藤田先生の弟子である髙橋寛先生に師事して、笠さんと一緒に「ウォータープリーズ」を開発しましたが、髙橋先生が微小胃がんを見つけるのが得意で、それには洗浄装置が必要だという流れがありました。自分は電子回路とかソフトウェア開発などが少しわかっていたので、役立ちました。
ウォータープリーズ | フォルテ グロウ メディカル株式会社
役立ったと言えば、がん研がまだ大塚にあったころに、髙橋先生の依頼で内視鏡ファイリングを開発したのですが、それも「がんのありのまま(組織検査する前)の姿をきちんと記録しないといけないね」という話し合いの結果でした。がん研は、自前で胃がんを見つける、というのが特徴の病院なので、質の高い写真をたくさん撮ることができました。
これは将来機械学習で自動診断するための教師データにもできるというコンセプトでしたが、その質の高い写真は本になりました。この中に自分が診断したものすごく小さな胃がんの写真もあります。
Gastrointestinal Cancer Atlas for Endoscopic Therapy (English Edition)
そして、その流れ(ウォータープリーズで粘膜を洗い、美麗な写真を組織検査の前にしっかり撮影する)で蓄積されたがん研有明病院のデータは現在使われている人工知能による画像診断(AIメディカルサービス:CEO多田智裕)の教師データになりました。この事実はとても嬉しかったです。
2000年〜2010年頃自分も自前で胃がんの自動診断を研究していたのですが、まだ機械学習という概念が応用される前で、油田を見つけるための周波数解析技術を応用して、などととんでもなく難しいことに取り組んだ結果、挫折しています。
諦めたくなくて、鵜川医院のデータを自動診断、特に胃炎の自動診断に結びつけたいものだと目論んでいます。2万ぐらい優秀な教師データがありますからね。
そんなこんなで、胃がんと自分との関わりは結構あるという昔話です。
気づけば、胃がんという病気よりも、それに向き合ってきた人々や時代そのものに直接関わることができて、大変幸運でした。
したがってつい、いま目の前にいる方の検査を決めるときにも、その人の“文脈”を重視してしまうというわけです。どうぞご容赦いただきたいと思います。