#鵜川医院レター

HbA1c / ペルソナ / 医療とトポロジー

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目次

HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)

~血糖コントロールの「過去」を見せてくれる優れた指標~


  • AIによる要約

    HbA1c(ヘモグロビンA1c)は過去1〜2か月の平均血糖を示す検査で、糖尿病の診断・治療に広く用いられています。

    赤血球中の「ヘモグロビン」に血糖が結合したもので、血糖値が高いほど上昇します。ただし、赤血球の状態により値が変動するため、他の検査と併用して評価します。

    現在は糖尿病管理の主要指標として、新技術と組み合わせて使用されています。


1. なぜHbA1cは便利で大切な指標なのか?

HbA1cは、過去1〜2か月間の平均血糖の「記録係」のようなもので、1回の採血で長期間の血糖状態が推測できます。食後に測定しても問題がなく、日々変動する血糖値の「ぶれ」を避け、安定した評価が可能という点できわめて有用な指標です。


2. ヘモグロビンとは? HbA1cとは?

赤血球に含まれるヘモグロビン(Hb)は、酸素を運ぶタンパク質で、血液が赤いのはこのタンパク質の色が酸素と結びつくときれいに赤く染まるからです。

このヘモグロビンにブドウ糖が結合したものがHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)です。


3. 赤血球の寿命とHbA1cの関係

赤血球の寿命は約120日、と良く書かれていますがこの数字が必ずしも正確でないことは次節で説明します。赤血球が循環している期間、血糖が高ければ高いほどHbA1cの割合は増えます。つまり、赤血球が生きている間にどれくらい「甘い環境」にいたかを示すのがHbA1cなのです。


4. なぜ「過去1~2か月」の血糖を反映するのか?

赤血球は常に新旧が入れ替わっています。若い赤血球もいれば、寿命を迎えるものもある。この「平均化された集団」だからこそ、直近数日ではなく、1〜2か月の血糖の平均を表すのです。

さて赤血球の寿命はビオチン化赤血球の測定により正確になり、その平均寿命は80±10.9日とされています。

Glycated Hemoglobin, Plasma Glucose, and Erythrocyte Aging - Manuel Beltran del Rio, Mukesh Tiwari, Leo I Amodu, Joaquin Cagliani, Horacio Luis Rodriguez Rilo, 2016

実際のA1cは新しい赤血球と古い赤血球内のA1cが加重平均で表されますが、80日前に生まれた赤血球は80日時間依存的にA1cが増えており(しかし量は少ないので影響は少ない)、一方生まれたばかりの赤血球はまだA1cは低い状態です(しかし量は少ないので影響は少ない)。大雑把に計算すると過去40日(赤血球の寿命の半分)を中心にしてその血糖の寄与度が高く、1−2ヶ月の血糖を反映するという感覚は正しいようです。1993年田原らはI型糖尿病の治療患者さんをサンプルとして精密に血糖とA1cの下がり具合を調べ、やはりA1cは過去1ー2ヶ月の平均血糖を正確に表しているようだ、と報告しています。複雑なモデルもあるのですが、A1cのふるまいは比較的単純に考えて良い、という扱いとなっています。


5. HbA1cの歴史

もともと糖化ヘモグロビンなるものがあるらしい、という事はわかっていたのですが、1976年のBunnらのin vitroの実験により、ヘモグロビンの成分であるA1cが血液中のブドウ糖と非酵素的に、時間依存的に結びつくことが示され、それが長期の平均血糖を表すという事が示されたのがエポックメイキングな出来事でした。以後、測定の簡便さもあって、糖尿病診療の評価指標として中心的な役割を担っています。

  • HbA1cの歴史的発見とその意義

    1958年:ヘモグロビンの異なる「形」が存在することの発見

    • Allen, Schroederらによるクロマトグラフィー研究で、正常成人の赤血球に複数の「マイナー」なヘモグロビン成分(HbA1a, A1b, A1c)が存在することが発見されました。
    • これは、後に「糖化ヘモグロビン」(glycated hemoglobin)として知られるものです。

    1966–1968年:HbA1cが「糖」と結合していることの構造的発見

    • Holmquist & Schroederにより、HbA1cのβ鎖N末端に未知の基が結合していることが確認され、Schiff塩基構造である可能性が示唆されました。
    • Bookchin & Gallopがさらに進め、HbA1cには”ヘキソース(六炭糖)”が結合していることを示し、グルコース由来である可能性が高まります。

    1976年:Bunn, Gabbay, Gallopらの決定的な研究(J Clin Invest誌)

    • ヒト赤血球内でのHbA1cの糖化反応は非酵素的かつ時間依存的に進行することを、同位体標識鉄(⁵⁹Fe)を使ったin vivo実験で証明。

    • HbA1cはHbAのβ鎖のN末端アミノ基とグルコースがSchiff塩基を形成し、それがケトアミンに転化することで安定する、と結論づけました。

    • 赤血球の寿命にわたって徐々に糖化が進行することが示され、平均血糖のマーカーとしての有用性が裏付けられました。

      “These results indicate that HbA1c is slowly formed during the 120-day life-span of the erythrocyte, probably by a nonenzymatic process.” — Bunn et al., 1976, J Clin Invest

  • なぜ歴史的に重要だったのか?

    当時の糖尿病管理は「その時点の血糖値」に依存しており、患者のコントロール状態を安定的に評価する方法がありませんでした。

    HbA1cは、過去の血糖コントロールを時系列で反映できる唯一の生体指標として脚光を浴び、1980年代には糖尿病診療ガイドラインの中心的指標となります。

    1990年代以降は、HbA1cのカットオフ値(6.5%)が糖尿病診断基準に組み込まれ、糖尿病の国際診断基準の一部となりました(ADA、WHO など)。

    現代においては、75gOGTTは糖尿病の診断のために行うことは少なくなりました。

  • A1c再評価の時代へ

    24時間血糖を測定できるデバイスの登場により、A1cの指し示すものについて更に深い洞察が出来る可能性が出てきました。個人差やその変化が示すものについて、再評価される時代になってきています。


6. 平均血糖値との換算方法

HbA1cは「%」で表示されますが、これをmg/dLの平均血糖値に換算できます。

HbA1c (%)平均血糖値 (mg/dL)
5.0約97
6.0約126
7.0約154
8.0約183

(換算式:平均血糖値 ≒ 28.7 × HbA1c − 46.7)


7. A1cが6%になったときの指導のしかた

A1cは5%台前半が望ましいのですが、検診の結果A1cが5.9、6.0%と上昇してくる人々がいます。この場合、「境界領域」とか「糖尿病の入り口」として指導します。食事・運動習慣を見直し、体重や生活習慣病のリスクを一緒に評価しながら「予防」の観点での動機づけを行うと良いでしょう。

A1cが6%であるとき、通常は「食後」の血糖が上がりやすい事を示していて、インスリン分泌第一相の障害が起きていると考えそれに合わせた指導となります。


8. 見かけ上、HbA1cが高め/低めになる場合

  • 高く出る:鉄欠乏性貧血、慢性腎不全(赤血球寿命延長)
  • 低く出る:溶血性貧血、出血、赤血球造血亢進(寿命短縮)
  • Hb変異:異常ヘモグロビン症(HbSなど)では測定法によって誤差

9. 他の短期的な血糖指標

  • GA(グリコアルブミン):過去2〜3週間の血糖反映。腎不全や妊娠中などHbA1cが不正確な時に有用。GA/3が大雑把なA1cとの換算式です。
  • 1,5-AG(1,5-アンヒドログルシトール):食後高血糖の指標。SGLT2阻害薬が開発された現在はほぼ使われません。
  • 随時・空腹時血糖値:直近の血糖の確認に。

10. 高齢者ではなぜ目標HbA1cが違うのか?

低血糖が転倒・意識障害を招き、かえって生命予後を悪化させます。そのため、「やや高め(7.0~8.5%)」を目標にすることが多く、個別対応が必要です。


11. 測定施設により多少のずれがあっても良い?

基本的には、施設ごとの差は0.1~0.2%以内に収まります。経過観察では「同じ施設での推移を見る」ことが大切です。当院ではHPLC法で測定しています。最も標準的な測定方法です。


12.では個人差は無視して良い?

平均血糖とA1cは非常に良く相関しますが、例外も存在することは忘れてはなりません。ビオチン化ヘモグロビンでの研究で示されるように赤血球の寿命は個人差が大きく、したがって見かけのA1cにも個人差があります。血糖が正常なのにA1c6%の人もいますし、逆もいます。過大評価も過小評価もあり得るため、現在は便利なフリースタイルリブレなどのデバイスがありますから、それを利用して正確な評価をすべきです。一方赤血球寿命がどうあれ、個人のA1c変動はやはり血糖値を反映しますので、有用性は変わりません。道具は使いよう、です。

Physiologic Concepts That May Revise the Interpretation and Implications of HbA1C in Clinical Medicine - Eric P. Smith, Robert M. Cohen, 2015


13. JDS(日本糖尿病学会式)から国際標準式へ

以前はJDS式(日本独自)が使われていましたが、国際的な整合性のため、現在ではNGSP(米国式)に切り替わりました。2025年現在、すべてのクリニックでNGSPが採用されているはずです。換算式はJDS = NGSP − 0.4 くらいです。


14. HbA1cが急上昇したらどうするか?

感染症、がん、消耗性疾患、甲状腺疾患、食生活の乱れ、薬剤アドヒアランスの低下など、原因を精査することがただちに必要です。急激な変化には必ず背景があると考えて対応します。


15. 何か月に一度測るのか?

  • 安定している糖尿病患者:3か月に1回

  • 治療中断やコントロール悪化、薬剤調整中:1~2か月に1回

    HbA1cは赤血球の寿命を反映するため、1か月以内に何度も測っても意味は薄いことを説明する必要があります。


16. まとめ

血液検査の項目の中でも有名なHbA1cについて書きました。糖尿病状態ではヘモグロビン以外のタンパク質にも糖が付着し、糖化タンパク質という状態になります。赤血球と異なり細胞内で悪さをし、老化させるというのが糖尿病の本質です。糖化タンパクの研究はまだまだ途上ですが、今後本質が明らかになると進んでしまった合併症を元に戻すなどの夢の治療も可能になるかもしれません。期待しています。



ペルソナを皆演じている


  • AIによる要約

    人は社会で「仮面(ペルソナ)」をつけ、無意識に役割を演じています。器用に使い分ける人もいる。この演技がショートカット的になりすぎると、「限定された倫理性」に陥りやすくなりますので注意が必要。LLMもまたペルソナを演じており、ハルシネーションもその合理性の限界の表れなのです。


人々がとる態度、は一種の演技だと言えます。その人そのものが表出しているわけではなくて。

面とペルソナ

中学校の頃、「面とペルソナ」について学びました。

「ペルソナ」はラテン語で「面(仮面)」を意味していましたが、やがて劇中の「役」や「人物」、さらに現実社会における「人格」の意味へと展開しました。この語義の変遷の背後には、仮面が人間の役割を体現するという観念と、「顔」が人格の中心として作用するという本質的事実がある。ここまでが中学までに学んだことです。

しかし21世紀になると「仮想の人格」という意味へとさらに変化しています。というのも、人間は付き合う相手や場所によって、いろんな「面」を切り替える(切り替えざるを得ない)からです。例えばネット上ではあえて面を切り替えるという事が可能になっています。

社会生活をしようとする人は自分を「見られたい自分」として定義し、そう見られようと振る舞います。 例えば自分を「良い人」と定義したり、あるいは「偉い人」「強い人」「優しい人」「魅力的な人」「誠実な人」「成功者」なんでも良いのですが。

どんな場合であっても、いちいち自分の振る舞いを考えるのは面倒なので、脳はショートカットを定義してそれっぽく演技している、という事が重要なポイントです。このため短時間で自分の態度が無意識に決まってしまいます。ところがこれが間違いの元でして、「考えずに」行動しますと、しばしば偏見、利益相反など非倫理的な行動を平気で行います。

あとで「誤解を与えた」(ニュースで謝罪によく使われますね)などと言い訳をする羽目になるのです。

その行動原理は「限定された倫理性(bounded ethicality)」と呼ばれます。”bounded ethicality”とは、判断を下す際に、自分でも気づかないうちに視野が狭まり、非倫理的な行動をとってしまう現象を指します。これは悪意や利己心からではなく、認知的な限界や状況的な圧力、役割(=ペルソナ)への没入といった要因によって生じます。個人の行動から、企業まで、それらが起こした不祥事を説明するときに便利な概念です。

これは米国の認知心理学者ハーバート・サイモン(1978年ノーベル経済学賞)の「合理性の限界」という考え方を拡張したもので、ドリー・チュグが2005年に論文としていて、TEDでも取り上げられました。

How to let go of being a “good” person — and become a better person | Dolly Chugh

傍から見ていると「形成されたショートカット」か「考え抜かれているか」は案外わからないどころか、すぐにズバッと答える人の方が「頭が良い」と信用されがちで、逆にきちんと頭で考えている人のほうが「のんびり」「頭が悪そう」と見えたりするのです。私は逆に答えが速い人ほど信用しないのですが、世間一般では「早押しクイズ」などがあるように、答えが早いほど頭が良いとされがちです。これも認知バイアスの一種です。

ドリー・チュグ氏は「役割を演じること」は社会生活上重要かもしれないが、防御的で偏狭な考え方につながる可能性を指摘し、「オープンマインドであれ。”良い人”であるな」と教えています。自分が使っているペルソナが判断を間違わせる可能性を認識したほうが良いのです。

これは自分のオープンソース原理主義に繋がる部分(もともとソースコードを取り扱うときの考え方ではありますが、データやアルゴリズムを公開することが最終的には誤りを最小に出来、悪い人を最小に出来、社会に貢献し、価値を最大化させる、という一種の哲学)ではあり、「オープンであれ」には深く同意するところですが、むしろオープンになれない事が多くの人間やらchatGPTやらの限界であって、そこをどう乗り越えるかが興味あるところ。

chatGPTの答えにハルシネーションがあった、間違っていたといちいち指摘する人がいますが、それでは建設的な意見とは言えません。サイモンが指摘した「合理性の限界」が機能しているな、どう機能してるんだろうか、と考える事は結構面白かったりしますので、LLMとの付き合い方としてお勧めします。それは自分が普段経験する「表現の限界」と似ているからですね。



医療とトポロジー的思考


  • AIによる要約

    医療の現場では、いろいろな治療の影響が複雑にからみ合っていて、単純に「良い」「悪い」とは言えないことが多くあります。たとえば、ある薬が一つの病気には効果があるけれど、別の面では体に負担をかけることもあります。こうした複雑な関係は、物理学の「量子もつれ」や「対称性の破れ」と似ていると感じます。だから医療では、正しい治療を選ぶにはバランスを見て慎重に判断することが大切です。一方で、そうした複雑さが理解されず、「薬は全部危ない」といった単純な意見が広まると、本当に必要な治療が避けられてしまう危険もあります。将来、数学や物理の力で、こうした医療の複雑さをもっとわかりやすくできる時代が来るかもしれません。


「量子もつれ」や「対称性の破れ」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?最近、数学者で物理学者の山下真由子さんの動画を観ていて、ふと日常診療で思い浮かべる事がありました。

「量子もつれ(量子エンタングルメント)」とは、複数の粒子が量子力学的に強く相関した状態を指し、一方の粒子の状態が決まると、他方の状態も瞬時に決定され、距離に依存しない特異な性質を持つことを指します。また「対称性の破れ」は、物理系が持つ対称性が特定の条件下で失われる現象で、例えば水蒸気(対称性が高い状態)が氷(対称性が低い状態)に変わる相転移現象などがあります。

山下さんは数式でそうした状態を厳密に書き表す、という領域で画期的な業績を残している若い数学者です。

私が扱う医療においても、こうした「もつれ」や「対称性の破れ」などと形容したい複雑な現象が頻繁に見られます。例えば、高脂血症の治療薬スタチンはコレステロール値を下げる効果がありますが、同時に筋肉の代謝を低下させ、その結果血糖値を上昇させやすくします。つまり、筋肉の代謝はコレステロールともつれているし、「コレステロールを改善すると血糖値が悪化する」という異常は対称性の破れと表現したいような現象で、副作用のような単純で間違った括り方で片付けたくない。もちろんこれは運動によって一定程度解決可能であり、静的な(動かない)条件下での話です。一般化するとなるとさらに難しい。ましてや患者さんに理解してもらうことはもっと難しい。

こうした複雑な「もつれ」とか「破れ」は日常診療に無数に存在し、しばしばニセ医学や怪しい健康情報に利用されてしまいます。「これは副作用だ」「薬は副作用があるから危険だ」というような極端で単純化された主張が広がることで、本当に必要な治療を避けてしまう患者さんもいます。

私たちが医療現場で行っているのは、この「もつれ」「破れ」を理解し、様々な因子を考慮して総合的なバランスを取りながら最適な治療を模索することです。二元論的な善悪の判断ではなく、精密な調整や深い洞察を必要とする作業です。だからこそ、単純な判断を下すニセ医学とは明確に区別されるのです。

現在は膨大なデータから機械学習で最適解を見出す事が行われつつあります。物理現象の観察と似ています。将来的には、この医療現場での「もつれ」や複雑性を、山下さんが研究するような数学や物理学的モデルを用いて美しい数式として理解し、診療に応用する時代が来るかもしれません。その日を見据えつつ(たぶん生きてないけど)、現在の私にできる事をコツコツ、そんな事を考えていました。

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