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デザイン思考 / METガラ / 逆ワクチン / 細胞の地震 / 軽けりゃカロリーゼロ / 身体の仕組みのイラスト / 猫が見える胃カメラ画像 / 気候変動

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目次

デザイン思考

デザイン思考とは、デザインの過程でデザイナーが採用する問題解決の方法や認識の仕方を表す概念ですが、この概念の本質は「今まで優れた一人でやっていた頭の中身を言語化し、共同作業のためのフレームワークとして拡張した」です。「私個人の頭の中でやってたことじゃん」がこの概念と出会って感じた事です。フレームワークがあるお陰で誰でも平易に問題解決に取組む事が可能、そして大規模に出来るという利点があります。KAIZENとかOODAループみたいな手法も仲間と言え、みな似ているので理解しやすいと思います。

流儀にこだわる必要はない

「IDEOによる6ステップ」「スタンフォードd.schoolによる5ステップ」「Hasso-Plattner-Institut(HPI)による6ステップ」などのフレームワークがありますが、その本質を考えた時流儀にこだわる必要はありません。ある程度経験があるリーダーがいれば、チームメンバーやそのときのテーマ、その専門を考えて「今回はこのフレームワークで」と意思統一しておくと効率は上がります。一人で行う場合は「課題を設定し、行きつ戻りつ考え、途中で手を動かして成果物を作る」を繰り返せば良いだけです。プロトタイプを作らないとただの悩める人になりますので、必ずアウトプットはしておく、が肝。

例題:ホームレス問題とデザイン思考

プロトタイプを作る手前までの試行錯誤はいつでもどこでも可能なので、その例を挙げましょう。デザイン思考を語るうえで、社会問題との関わりは避けて通れません。Horst Rittelらにより「Wicked Problems(複雑で、解決しにくい問題)」として1970年代に定義されたほとんどは社会問題です。2025年3月に日本で「Wicked」が公開されましたが、Wickedは単純な「悪い」という意味ではないという事がわかります。Wickedはタイムリーな、現代にマッチしたテーマかと。まずはこの写真を。

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2021年10月、サンフランシスコの路地に並ぶテント。その光景を写した写真を、友人の坂井直樹さん(デザイナー・コンセプター)から教えてもらいました。Appleの新製品発売を待つ行列かと思いきや、ホームレスの人々が生活するテントなのです。ここから「ホームレス」という問題について考えてみたいと思います。

コロナ禍と社会格差

コロナ禍は、もともと社会的に弱い立場にあった人々に大きな打撃を与えました。ホームレスの人々もその影響を大きく受けたはずです。アメリカのCDC(疾病予防管理センター)には「家のない人々のためのワクチン接種方法」という専用ページが設けられるほど、ホームレスの数は多く、彼らの健康管理も重要な課題となっています。例えば、ジョンソン・エンド・ジョンソンの1回接種型ワクチンは、定住しない人々にとって特に有益だという指摘もあります。私自身、それまでこうした視点を持っていませんでした。

デザインとは課題解決

私は普段、デザインについての話をよく鵜川医院レターに書きます。デザインとは、単に見た目の美しさを追求するものではなく、「課題を解決すること」そのものです。私は医療の現場で問題を見つけ、それを解決する視点を重視しますが、それもデザインです。問題解決より問題を見つけること、が難しく重要だ、という事を学生・若い医師には教えており、AIに頼れない部分であって、才能の差も出やすいです。問いが決まってしまえばあとは複雑な問題を解くのみですが、解決方法が同じということはないため、いわゆる「セット処方」を他の医師のように使わないのが私の特徴です。そのようなオーダーメイドの治療もデザインですが、さらにその先があるのではないかとも考えます。型に落とし込む事が出来る、もまた優れた医師の特徴ではあり、精度と効率を両立させる良いデザインがないか考え続けています。それは良い思考のトレーニングにもなります。

産業革命とデザイン

産業革命以来、環境問題、労働環境、教育、人権といった社会問題は政治と深く関わってきました。必ずしもリベラルが常に弱者の味方であるとは限りませんが、一般に、リベラルな立場は弱者に寄り添う傾向があると言えます。実際多くの問題を解決してきましたが、その道は途上にあると言えます。

企業もまた、課題を発見し、解決する手段としてデザインを活用しています。その一環として、1970年代以降、ラグジュアリーとは対照的な、社会問題の解決を医療業界以外でも企業ブランディングの一環として取り入れる動きが広がってきました。1980年代以降には、CSR(企業の社会的責任)という概念が確立され、環境問題や労働環境の改善を重視する企業が次第に登場するようになりました。

現代では、社会問題の解決が企業ブランディングの重要な要素となっています。特に大企業は、『社会にどんな問題があるか』『自社がどう関与できるか』『それがブランドイメージや利益向上につながるか』を常に模索しています。企業のコンサルティングを手がける坂井直樹さんも、その視点から情報を発信しているのでしょう。こうして、①新たな課題の発見、②同じ問題の定期的な再考、という流れが生まれます。

社会問題には、注目されやすいものとそうでないものがあります。環境問題やLGBTQ+の問題は広く取り上げられる一方で、ホームレス問題は売上につながりにくいため、多くの企業は関与を避ける傾向があります。それでも社会にとって重要な課題であることに変わりはありません。

環境問題、労働環境、人権と並ぶ大きな社会課題として、宗教があります。しかし、これは多くの場面でタブー視され、積極的に議論されることはほとんどありません。心理学者が論文の中で触れる程度です。一方で、医療問題は非常に多様であるがゆえに、個々のテーマが埋もれやすく、大きな話題になりにくいという側面があります。

今回ホームレス問題を取り上げたのは、まさに「埋もれやすいテーマ」だからです。この問題について自分事として、もう少し掘り下げてみます。

解決策のヒントを探す

ホームレス問題を考える際、医師として直接的な支援をしようとすると大変な負担が伴います。例えば、私の同窓生である和田浄史医師は「若月賞」を受賞するほどの社会貢献をしていますが、私には彼のような活動はできません。医師としての関わり方にはさまざまな形があり、私自身は、俯瞰して考え、解決策を模索する立場の方が向いていると感じています。

ホームレスの問題を解決するために、単に住む場所や食事を提供すればよいのか?そう単純ではありません。一部のホームレスの人々は「家を持たない生き方」にこだわっている場合もあり、一般的な支援を拒むこともあります。

「お金を持たない主義」を貫くカナダの男性が話題になりました。彼は単なる貧困層ではなく、現代社会への異議申し立てとしてホームレス生活を選んでいるようでした。過去の事例を検索しながら考えていると、「ホームレスをゼロにする」ことを目標にするのではなく、「つながりを持ち続ける社会」を構築することの方が重要かもしれないという考えに至りました。

最近読んだ本で岸政彦さんの『調査する人生』があり、丸山里美さんが登場します。彼女は女性ホームレス・貧困の研究をしており、『女性ホームレスとして生きる――貧困と排除の社会学』という本を書いています。彼女は研究で「人は矛盾をかかえて生きている」が浮き彫りになった、と言います。そして彼女を支えているのは「お金をかけて量で解決しようとしなくて良く、深く関わっていく事を肯定してくれるように社会が変わってきたこと」のようです。これはすごく良い社会変化ですよね。

ただ、解決策にデザインを利用しようとすると対象は個ではなく、集団になる。「型に落とし込む」作業がデザインですから。

つながりを生むデザイン

ホームレス問題は、環境問題やLGBTQ+ほど注目を集めない、と書きました。ニューヨーク市では、コロナ禍中にホームレスがホテルに住める制度を実施しましたが、大きく報じられることはありませんでした。そしてある日終了しました。ホテルが収益を上げあられるようになったタイミングで、です。このような社会問題の多くは、世間の関心が薄れがちです。冒頭のサンフランシスコの印象的な写真もバズったわけではありません。貧困問題をデザインで解決することは簡単ではありません。しかし、デザインの力を活かして、問題を可視化し、関心を持ち続ける仕組みを作ることはできます。そして上手く動き出すケースも出てきます。

坂井さんから、ロンドンでホームレスの人々がキャッシュレス決済を利用できるようにする団体(TAP London)の話を聞きました。貨幣とは信用の証であり、それを持てないホームレスの人々に信用を取り戻す手段を提供するのは理にかなったアイデアです。

また、最近カンヌライオンズでグランプリを獲得した「LinkedIn × The Big Issue」のプロジェクトも興味深いです。これはホームレスの人々がLinkedInを活用して社会とつながることを目的としたもので、既存のインフラを使って問題解決に取り組んだ点が優れています。The Big Issueは当然ご存知でしょう?つながりを生むデザインの原点と言えるでしょう。

社会の多様な構造を見つめよう

社会問題をどう捉えるかは、私たちの情報の受け取り方にも影響されます。SNSでは、自分の関心のある話題だけがアルゴリズムにより選択され強制的に表示されますが、意識的に関心を選択してフォローすることも出来ます。環境問題、LGBTQ+、経済、教育、医療など、どんな話題をフォローするかで見える世界が変わります。

SNSの情報は直接的に受け取ると大きく傷つくこともあります。そのため、特に若い世代には慎重な扱いが求められます。しかし、SNS自体はつながりを維持するための重要なツールでもあり、適切に使えば有益です。デザイナーのような「課題解決思考」を持つことで、SNS時代の情報過多の中でも冷静に物事を考えられるようになるでしょう。

社会の変化を捉える手がかりとして、法律の動向を追うのも有効です。内閣府にいる人がそういう理解の仕方をしており驚いたんです。国会に提出される法案、日本だけでなく世界の国々の、を集めるだけでも、数年後が想像できる。そして課題も見えてくるはずです。

社会問題を解決するには、人の行動原理を理解することも不可欠です。そのため、私は一般的には詐欺とされるネットワークビジネスの手法を研究しています。彼らのマーケティング手法を知ることで、人がどのように騙されるのか、そしてそれを防ぐ方法を考えることができるし、同じ手法は慈善を大きく広げるためにも応用可能だからです。これは医療のプロとして役割を発揮するときに役立つスキルだとも思います。

おまけ

「デザインとは課題解決である」という考え方に、Appleのスティーブ・ジョブスも傾倒していたと言われています。ただし、彼自身は必ずしも社会問題に注目していたわけではなく、ビジネスの成功にフォーカスしていました。しかし、彼のデザイン思考が「最終的に多くの人に影響を与えた」のは事実です。Appleの成長過程を見ていると、デザイン思考が消費者のニーズを満たすものではなく、ビジネスを成功させる戦略として機能していたことがわかります。

ジョブス個人が消費者のニーズを的確に捉え、実現したかのように評価する人もいますが、技術・デザイン・体験を統合し、ジョナサン・アイヴなど優れたデザイナーの協力のもと「わかりやすい未来」を提示した事が重要でしょう。その背景に、単なる技術活用やエコシステムの構築にとどまらない「デザイン思考に基づいた意思決定」があったかもしれません。

デザイン思考をビジネスに応用するには深いテクノロジーの理解が必要ですが、利害関係や社内派閥などに左右されにくい意思決定が可能になります。それは結果的に「消費者のニーズを的確に満たしている」と認識される要因となります。

さらに、この思考法のメリットは、必要以上に複雑な要素(しがらみとかしがらみとか)を背負わず、シンプルに最善の選択をできることに尽きます。結果として、意思決定の負担が減り、メンタル面での負荷も軽減される。つまり、あらゆる人にとって有益なスキルであり、身につけることでより合理的かつ快適に生きられると信じます。

この文章は医療に関わる人向けに書いていますが、企業人と違い我々はデザイン思考をビジネスで成功すること、ではなく豊かさを最適分配すること、にフォーカスします。それを身につけることで、社会問題への向き合い方が変わり、精神的な負担も軽減できるかもしれません。課題を見つけ、解決策を考えること。その積み重ねが、より良い社会を作る第一歩になるのではないでしょうか。などともっともらしいことを書いてみました。


METガラとアナ・ウィンター

西側世界を端的に反映する、という点でスーパーボウルのハーフタイムショーとともに役立つイベントかもしれないMETガラ。

ファッション業界はその華やかさの裏に消費と環境破壊、差別、広告とその影響などと密接に関連する複雑さを持っています。COVID-19で大きな打撃を受けた業界でもあります。ファッションは最近まで地位の低かった芸術の1ジャンルですが、消費とダイレクトに結びつく力は侮れません。ヴォーグアメリカの名物編集長「アナ・ウィンター」はその発展において象徴的な人物です。

ニューヨークにある世界最大級の美術館、1870年創立のメトロポリタン美術館(MET)において地下にあって目立たないコスチューム部門は1948年設立された新しい学芸部門です。

すごくはじっこにあります

すごくはじっこにあります

彼らは自らの資金で活動を維持する必要があり、その活動資金を得るために年に一度ファッション展覧会を行います。そのオープニングイベントがMETガラで、通常は毎年5月の第1月曜日に行われます。2020年は中止。2021年は9月に行われました。

1972年にヴォーグアメリカの編集長であったダイアナ・ヴリーランドが顧問に就任してから注目を集めるようになり、その主催者を1995年にアナ・ウィンターが引き受けてからさらに脚光を浴びる事になります。そのレッドカーペットに誰が登場するかは前夜になるまで発表されませんが、世界中のスターが集い、そしてデザイナーが作品を発表する、これとないイベントに成長しました。2017年まで中の様子はInstagramなどSNSで発信することはウィンターにより禁止されていましたが、カイリー・ジェンナーがその禁を破ったことは有名です。以後毎年彼女は呼ばれています(2021年は妊娠で欠席)から、ウィンターも時代の流れを理解したという事でしょう。カイリー・ジェンナーが禁を破った2017年は「川久保玲」がテーマとして選ばれています。彼女はファッション、アート、人権、商業、色々なテーマを高次元で昇華させている稀有な人物であり、テーマとなるにふさわしいと思います。自分は川久保玲が好きなので嬉しかったです。

https://www.youtube.com/watch?v=2y5NAEUU3EY

Z世代(Gen-Z)と呼ばれる人たちがいます。1996年から2015年に生まれた皆さんがそうです。2021年のMETガラではこの世代が注目を集めましたが、これは意図されたものです。METガラの共同主催者として4人の名前が挙げられ、それらは全員がZ世代です。DUNE砂の惑星などに主演、特徴的なビジュアルでクリエイターを惹きつけているティモシーシャラメ、スポーツの世界を変える大阪なおみ、大統領就任式で印象的だった注目の詩人アマンダ・ゴーマン、そしてビリー・アイリッシュ。

名誉主催者は、アナ・ウィンター、インスタグラムのCEOであるアダム・モセリ、デザイナーであるトムフォードでした。

ビリー・アイリッシュのスタイルは1951年にオスカーに一度だけ出席したマリリンモンローにインスパイアされており、普段見せる彼女とは全く違うスタイルで一般市民の度肝を抜いたと思います。(身体の線を見せないのが彼女のスタイルとされている)新世代の彼らは利益よりは世界を変えたいと言うのが特徴で、十分にこのイベントを利用したと言えるかもしれません。

ビリー・アイリッシュはオスカー・デ・ラ・レンタが今後ファッションに毛皮を使わないという約束を取り付けたことを自身のインスタグラムでこう書いています。

https://www.instagram.com/p/CTyEHQ5Laig/

この美しいドレスをデザインし、私のアイデアとビジョンを実現してくれた@oscardelarentaに感謝します。このドレスを着用するにあたり、オスカー・デ・ラ・レンタが今後、完全に毛皮を使用しないことを約束してくださいました!!!! @fernandogarciam1205 と @tokibunbun をはじめとするチーム全体が、この問題について私の意見を聞いてくれ、動物だけでなく私たちの地球や環境にも大きな影響を与えるような変化を起こしてくれたことに感激しています。私がこの問題のきっかけとなり、意見を聞いてもらえたことを光栄に思っています。すべてのデザイナーに同じことをしていただきたいと思います。

2021年のテーマは“In America: A Lexicon of Fashion”(難しい英語ですがあえて訳すと、「アメリカファッション目録」とか「アメリカファッション辞典」でしょうか)であって、ビリー・アイリッシュのスタイルと主張は一つの象徴として主題と良くマッチしたと思います。

キム・カーダシアンが全身黒ずくめで登場し、妹であるケンダル・ジェンナーに「だれ?」と言われているこの風景も面白かったですが、これはこれで“In America: A Lexicon of Fashion”だなと思いました。キム・カーダシアンは自身の下着ブランドにKIMONOと名付けて炎上した人ですが、メッセージ性がある人でただのお騒がせセレブではないなと思います。

この活動はもともと「寄付を集める」が最大の目的ですけれど、大スポンサーの意向に左右されにくい(ウィンターの意向に左右されますがw)イベントで、Z世代との親和性が高い可能性がありますね。今後ますます政治的なメッセージの発信地として大きな存在になるのかもしれません。


「逆ワクチン」という発想

Rational design of a nanoparticle platform for oral prophylactic immunotherapy to prevent immunogenicity of therapeutic proteins

血友病には第8因子製剤という薬が使われますが、しばしばその薬に対する自己抗体が作られてしまって治療を邪魔します。ポンペ病という難病の治療ではGAAと呼ばれる酵素を補充しますが、これに対しても抗体が作られてしまう事が知られています。

低分子の治療薬(我々が飲む薬のほとんど)には抗体が作られることはほとんどないのですが、上記のような高分子の治療薬に対しては自己抗体が作られるリスクが常にあります。それを抑える方法としてLyso-PSと呼ばれる脂肪酸を付加するというアイディアが以前からありました。この脂肪酸を薬と同時に接種すると自己抗体が作られにくいのです。

新しい研究でLyso-PSをナノ粒子にして再設計しました。それを経口投与することでその効果を高めることが出来た、としています。

一種の免疫抑制ですが、リツキシマブやメトトレキサートを使用した自己抗体の阻止に比較すると価格が安く、安全性も高い事が期待されます。こういう発想は重要で、例えば最近ですとキイトルーダとかオブジーボというような抗がん剤の副作用で自己免疫疾患が起きる事が多いですから、これをどのように予防していくかという事は大切なのです。


細胞にも地震が起きている

Cell “quakes” may help cells respond to the outside world

細胞内にはその形を保つための構造、細胞内骨格がありますが、数年前にこの構造が時折急激に変化する不思議な現象が観察され「細胞地震」と呼ばれています。

これをコンピューターシミュレーションで解き明かした論文です。彼らが使ったのはMEDYANというプログラム。

彼らによれば、細胞内骨格はテンセグリティ構造に良く似ています。これは感覚的にはよくわかりますし、それ以外だとすれば逆にナンナンダヨ、とは思います。

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テンセグリティ構造では1つのワイヤを切ると全体に影響を与える場合がありますが、これと同じ事が起きているとしています。

ではこういう構造が細胞にどういう利点があるのかを研究者は考えています。

例えば細胞に損傷が起きた時に細胞内で情報を伝達するよりも、振動で伝達したほうがはるかに早いので、必要な化学反応が素早く起きるんじゃないかとか。あるいは上手くやれば突起のように腕を出したり細胞の形態が変わったりして、あるいは崩壊してその細胞としての役割を果たすんじゃないかとか(例えば血小板がそうかもしれない)そういう事です。


なぜみんなせんべいやポテチに手を伸ばしてしまうのか

面白い思考実験をしたブログがありました。もう読めないんですが。 おそらく元ネタはこの長大なレビューで、人々は「健康的な食事」をどう認識しているか、を論じています。(文脈などに影響され多様だ、が結論)

ブログの内容はこういうものです。

色んなチキンシーザーサラダの材料を用意します。その材料として、フライドチキンに対して蒸したチキン、チーズと低脂肪チーズ、そんな感じで、カロリーが大きく違うものを選べるようにしておきます。で、被検者に、「軽いサラダと重いサラダを作って下さい」とお願いするんだそうです。これは純粋に「重さ」という意味ですね。例えば250gのサラダと350gのサラダを作ってくださいと。

すると多くの人は250gだと自分が思っているサラダに、蒸したチキンとか低脂肪チーズを採用したんだそうです。しかし、全然グラム数はあってなかったといいます。笑

人間はどうも「軽い」と聞くと「低カロリー」を想像するらしい。

逆に、例えば「低カロリーマヨネーズ」みたいな商品が、ガラス瓶に入っていると「嘘でしょう、軽くないじゃん」と疑ってしまうのです。一番面白いのが、M&M’sチョコレートを自由に食べていいよと言われた時に、軽い入れ物と重い入れ物に入れておいたら、軽い入れ物からはいっぺんにより多くのM&M’sをつまんだというのです。ある意味危険ですね!自分はM&M’sをガラス容器に入れてましたので、大正解。

軽けりゃカロリーゼロ!という人間の知覚のずれ、これはどうにもならないんでしょうか。なんでみなさんおせんべいやポテチをバクバク食べちゃうのか、それがわかった気がします。でもそれだと早く死んじゃうかもしれない。研究者は考えて、それを脱する方法を考えました。それは「タンパク質の含有量」を記載するというものです。これに関しては容器の重さだとか関係なく、「タンパク質が多いほうがより健康だ」と消費者は判断して選択した、という事です。へー。ポテチとせんべいの袋にはタンパク質の含有量を書け、という法律を作れば良いのかも。


身体の仕組みのイラスト、現代のそれはほとんどがF. H. Netterのスタイルを踏襲しています

私が子供の頃、実家にCibaコレクションと言われるF. H. Netterによる図譜があり、たぶん開いて眺めることがしばしばあっただろうと思います。父が昔解説してくれました。医師であるNetterは、「自分の理解したもの」をイラストとして表現するのだけど、あくまで頭の中に想像した対象を描くのだ、と。それは実際の臓器をスケッチしたものとはまるで異なります。人間には個人差があるので、一人の人物の心臓をそのまま写し取ることは意味がないことなのです。彼は解剖学を完全に理解した上で、色も、形も、質感も変えて臓器を立体的に表現します。その作品が発表された1930年代、すぐさま我々医師は彼のイラストには真実が含まれていると熱狂し、彼が書いたイラストは非常に薬の販売促進効果がありました。それがCibaコレクションとなり、現在はElsevierがその権利を所有しています。

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S/S 1996, “HEARTS” PHOTO: OLIVIERO TOSCANI

これはユナイテッドカラーズオブベネトンによる広告です。左から白人、黒人、黄色人種の心臓を連想しますね。これがリアルな心臓!自分もそう思いましたが、本当は豚の心臓です。はっとして、しかも騙されている。

心臓の構造については専門家以外は良くわかっていない事を写真家/デザイナーに上手く利用されてしまいました。では我々、心臓の専門家ではない医師は心臓を頭の中でどうイメージしているのでしょうか。答えはこの絵です。そう、Netterによるイラストです。

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皆さんにも既視感がないですか。今皆さんが目にする人体の解剖図はすべてこんな雰囲気のイラストではありませんか?現在の医療イラストや3DモデルのほとんどはNetter風であり、それが標準となっています。

Frank H. Netter

最高のスキルを複数持った人が後世に影響を与える例の一つだと思います。


パレイドリアに動物はしばしば登場します

2019年10月の日記からのネタ。検査結果の説明をしているときに、小さなお嬢さん(お孫さんらしい)がついてきて真剣に聞いてくれてとてもかわいいので、「あなたのおばあちゃまの体の中には、かわいい猫ちゃんがいましたよ、見えますか?」って聞いたら「見える!!」と。

(下の写真は少し色を加工しています)

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みなさんには見えるでしょうか。

気候変動

プリンストンの眞鍋淑郎先生がノーベル賞を取りました。父と同じ1949年に東京大学に入学していて、就職が難しかったから大学院(父は水産学部から医学部へ転入)へ、そしてアメリカに渡る(給料が良いから、父も立川空軍病院からフルブライト基金で米国へ)という経歴はそっくりです。旧制大学(5年制)から新制大学(4年制)に移行した初年度だったので、卒業するときに生徒が倍いたのです。そりゃあ就職には不利だったろうと思います。旧制の人々は年長だし頭が良いですから太刀打ちできるわけがない。

眞鍋淑郎先生が眞鍋モデルの論文を発表したのは1967年。自分は1967年生まれですが、小学生ぐらいの頃には地球の気候変動が、再度氷河期に突入するのか、あるいは温暖化に行くのか、まだ両方の説がありました。大阪の万国博覧会で科学礼賛、日本沈没のヒットやノストラダムスの大予言で地球滅亡説も盛んでした。地球が温暖化した場合、南極の氷がすべて溶けるとだいたい海抜70mぐらいまで海に沈むという事も本(主に科学漫画)には書いてありました。その本に影響され、いつもなんとなく海抜を気にして住居を選んでいます。

真鍋モデルから考える - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

この記事にも書いてあるように、地球に降り注ぐ太陽エネルギーの量は膨大です。驚いたのは自分が小学生の頃から気にしていた「太陽エネルギーの総量のほうが、我々が普段使っているエネルギーよりも遥かに多い」という子供向け漫画にすら書いてあった知識について、このブログの著者周辺の人々はno ideaだと書いてあったことです。例えば、太陽光発電は太陽熱を地球に溜め込む(から、温暖化の原因になる)んじゃないか、実はエコじゃないのではという思考実験ができるわけですが、それは元々のエネルギーのほうが遥かに大きく、二酸化炭素の影響のほうが遥かに大きいから無視しても良いよ、とする根拠になるわけです。基本中の基本の知識だと思います。

地球温暖化に影響を持つ因子はフロン、メタン、二酸化炭素などがありますが、地球に降り注ぐエネルギー、その反射で温暖化を説明したのが眞鍋モデルです。極めてよく出来たモデルで、今のところ正しく未来を予測しています。

残念ながら温暖化を止めることはもう出来ません。CO₂排出削減が上手くいかない上、温暖化によって永久凍土のメタンが大量に溶け出してしまっていますから。でも努力を続けないとひどくなる一方です。逆に火山の大爆発や小惑星の衝突があると、塵で太陽光が地球に届きませんから、氷河期に突入するというシミュレーションがあります。これはこれで人体には大きな害があります。温暖化にせよ、氷河期にせよ、簡単に人類が滅亡すると決めつけは出来ませんし、悲観的になる必要はありません。どうにもならないんだから破壊しても良いんだと突き進む国々は多様性を失い長続きしない気もします。パンデミックもそうでしたが少なくとも我々が生きているうちに大きな常識の変化を何度も経験するに違いなく、いかに柔軟に思考すべきか自分に問う時代になっているのは確かです。