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小林製薬サプリ問題 / 山火事と土地管理 / 面接と試験 / 子宮頸がんワクチン / ビタミンD / インド料理 / プログラミング / 牛乳の異味
目次
小林製薬サプリメント健康被害はFanconi症候群類似の性質を持つ
日本腎臓学会は5月7日、小林製薬サプリメント関連の腎障害に関するウェブアンケートの結果(中間報告第2弾)を発表しました(厚生労働省リンク)。それによると低カリウム、低リン、低尿酸、尿糖陽性、アルカローシス、eGFR低下、尿蛋白増加などの特徴を示しており、被疑薬の中止で8割は改善しています。尿細管障害が主体でFanconi症候群類似だが典型的ではないとのこと。原因物質は特定できていませんが、病態を先に明らかにすることも原因究明の大きなヒントになるので、大変有用な報告と考えています。
秦野北クリニックの駒井先生が早速ブログに書かれていましたね。地域の信頼出来る先生が、各自自分の得意なところについて情報発信する、みたいなスタイルってすごく良いなと思いました。
伝統的な土地管理が山火事リスクを減らしていた
数千年間、地中海地域の森林や植生は人間による土地管理の影響を受けてきました。しかし、1960年代以降の都市への人口流出および野焼きの禁止により、その伝統的な管理が行われなくなりました。その結果、燃えやすい草木が森林に蓄積し、大規模な森林火災のリスクが高まっています。実際2023年にも大規模な森林火災は発生しています。
この問題を解決する糸口は、過去の知恵にあります。イタリア中部の農村地域で、研究者たちが高齢者にインタビューを行ったところ、かつて女性が行っていた落ち葉の収集や、羊飼いが行っていた放牧と野焼きについて興味深い話を聞くことができました。
女性たちは、落ち葉を燃料や肥料として集めていました。羊飼いたちは、羊に森林内の草を食べさせたり、計画的に野焼きを行って下草を減らしたりしていました。このように、あらゆる植物が利用され、森林の下草は減らされていました。放牧地や果樹園でも、草木の過剰な成長は放牧や野焼きで抑えられていました。
しかし、この貴重な知恵は時代とともに忘れ去られてしまいました。政府は、貧しい農民や羊飼いの慣行を「野蛮で時代遅れ」と見なし、野焼きを禁止するようになったのです。女性の労働は「重要ではない」と差別された結果、燃料の調達という重要な役割が無視されてしまったのです。
現在、放棄された農地に燃えやすい草木が蓄積し、大規模な火災が多発しています。気候変動でさらに火災リスクが高まることが予想される中、過去の伝統的な土地管理を見直す必要があります。人間と自然の共生の知恵は、持続可能な防災対策を生み出すかもしれません。
森林資源に限らず廃物をそのまま放置する事は、安全な生活や地球環境に影響を与えかねません。しかし、それを再利用すれば、環境には二重の意味で好影響を及ぼします。例えば、生ごみに存在する窒素は、自然界に放出されれば汚染の原因となりますが、利用されれば貴重な肥料となります。自分の友人が行っている渋谷肥料の取り組みが好きで注目しています。
廃棄から新たな循環を生み出す 渋谷肥料 坪沼敬広さん - 渋谷新聞
今回行われた研究は「民俗学」の範疇であり、日本では柳田國男に源流が見られるわけですが伝承の研究がその主体ではありません。自分が圧倒的に好きなのは宮本常一です。彼の視点は、人々の営みに自然の循環を捉えています。人々に話を聞くのはすべて民俗学だと考えれば良い、とは宮本さんの言葉で、私が皆さんに根掘り葉掘り聞いているのは宮本民俗学に多大な影響を受けています。
後ろほど不利なのは面接だけでなく筆記試験でも
この研究は、Canvasのような学習管理システムを学校で使用することの影響、特に成績評価にどのような偏りが生じる可能性があるかを検証しています。
研究者が3,000万件以上の採点記録を分析した結果、課題の後から採点されるほど点数が低く、否定的なコメントが多く、採点の質に関する生徒からの苦情が多いことがわかったとのこと。
これは少し前に紹介した面接などで順番が後ろになるほど不利になる問題と似ています。
特筆すべき問題は、Canvasが提出課題を生徒の姓でソートするため、アルファベットの後の文字で始まる姓の生徒ほど不利になることです。自分は”U”なので相当不利なはずで、学生の姓がZに近くなるほど成績が低く、否定的なフィードバックが多くなり、全体的なGPA(点数)や将来のチャンスに影響する可能性が出てきます。
この研究では、このようなバイアスを最小化するために、提出物の順番をランダムにしたり、採点者の仕事量を管理するなどの解決策を提案しています。小さな差だであっても、膨大なデータを解析することで有意差をもって不平等があったことが証明されました。早急に改善すべき問題ではありそうです。
子宮頸がんワクチンの積極勧奨
オーストラリアでは1991年に子宮頸がんワクチン接種が開始されてから80%以上の高い接種率を維持しています。

最新の報告によると、オーストラリアでは子宮頚がんの罹患率が2022年で10万人中6人を下回り、その後も下がり続け2035年までに10万人中1人、つまり希少がんという状態になるだろうとされています。
これに伴い推奨されるがん検診の受診間隔も広がっています。オーストラリアでは18~69歳を対象に2年ごとに子宮頸部スメア検査を実施していましたが、2017年からは25~74歳を対象とし、スメア検診は5年ごとと変更しているのです。これが世界最先端です。
WHOのデータベースによると、カナダ、アイルランド、スウェーデン、スペイン、ポルトガルはいずれも完全ワクチン接種率が70%を超え、米国とドイツが50~70%で後を追い、イタリアとフランスは最も低い30~50%となっています。日本は1〜4%と、高所得国の中で最悪の状況です。

WHO統計によると日本のみ子宮頸がん罹患者は上昇傾向にあります。この状況を改善するために、一人一人ワクチン接種を積み上げていきたい。
当院では伊勢原市、平塚市、秦野市の皆さんの公費子宮頸がんワクチンを接種しています。副反応への対応もきめ細かく行い、安心して受けていただける体制を構築しています。気軽に相談して下さい。
ビタミンDを推奨する理由が増えすぎて困る
じんましんや喘息、花粉症のある人には「ビタミンDを飲んでほしい」と推奨していますが、抗アレルギー薬への上乗せ効果があり、よくコントロールされる人が多いことを実感しています。
基本的には血中カルシウム濃度をわずかに上昇させることが主、免疫応答に対する調節作用を従、としてビタミンDの効果を理解しておりますが、今回はその調節が「腸内細菌叢を経由するのだ」という新しい視点を示した論文を提示します。ネズミですが。
Vitamin D regulates microbiome-dependent cancer immunity
この研究は、ビタミンDと腸内細菌叢が、がん免疫療法の効果に影響を与えることを示しています。
- マウスの実験で、ビタミンD摂取量が多いと、腸内細菌の構成が変化し、特に*Bacteroides fragilis* が増える。(この細菌は抗生物質が効きづらくて有名なので、えーって思うかもしれない)
- この細菌は、がんに対する免疫反応を促進する働きがあった。(そう、結構有用だと言う報告が実は多いんです)
- ビタミンD摂取量の多いマウスでは、がん免疫療法の効果が高まった。
- ヒトの研究でも、ビタミンD関連遺伝子の活性が高い患者ほど、免疫チェックポイント阻害剤の効果が良好であった。(これは割と知られている事実)
- 全体としてビタミンDレベルが、がん免疫と免疫療法の成功に影響する可能性が示唆された。(ですよ!)
ビタミンD、腸内細菌、がん免疫の相互関係が重要です、という論文でした。
じゃあどのくらい飲めば良いの?と聞かれると困るんですがビタミンDの1日必要量は600IUで、普通はビタミン剤がっちり使おうぜという場合は1日量の3-5倍を勧めるから、1000〜3000IUぐらいかなーと思います。2000IU以上使おうという人は自分に相談しながらにして下さい。
インド
1998年ごろDetroid Receiving Hospitalで働いていた自分は、インド人レジデントと話していました。彼の兄がNYで車を扱っていて、BMW事故車の前半分と後ろ半分を溶接してくっつけたのを自分に今度くれるから楽しみだ、みたいな話です。
さて、彼は気さくだな。医者という職業の安心感というのは、大抵は頭が良くて、失礼なことを言ったとしても殺されたりはしないという部分です。そう思った自分は以前から思っていた疑問をぶつけてみました。
「ぶっちゃけ身分の問題って根深いのでしょう?」
彼が話してくれたのは自分の想像を超えた内容でした。彼の家系は19世紀にインドからアフリカに移民したがカースト制度のため生活に困窮していた。尊敬されているガンジーも彼等にとっては関係のない人物である。差別がなくなったわけではないし。
結局アフリカを追われたインド人のうち北アメリカに移住してきたグループが存在する。ところが新天地においても、彼等はインドあるいはヨーロッパから移住してきたグループからは差別を受けており、例えばインド人医師が彼等を診てくれなかったりするほどだ。したがって自分はアフリカ経由で合衆国に渡ったインド人を代表して医師になったという事。インド人の階級制度が移民先でも根深く残っているというのは想像していたが、病気を診てもらえないほどとは。
カレーという料理は身近に感じていても、インドそのものを理解するのはなかなか難しいなというのが実感ではあります。ジュンパ・ラヒリという作家がいて、彼女はインド系のアメリカ人ということでその複雑なカーストの名残が学べるかしらと思って2つほど作品を読んだのではありますが、ところがそのような(階級差別の)匂いが一切ない物語であって、逆にそれもまたこの問題の奥深さなのかしら、と思ったのです。彼女がローマに移住してからの作品は読んでいないのですが、そこに何かしらの吐露があるのでしょうか。
インド料理
さてレジデントの彼は厳格な菜食主義者でした。北米のインド人コミュニティーでは菜食は珍しくないとも言っており、実際病院内のカフェテリアでインド人を観察していると野菜しか食べない人が結構いるのに気づきます。
当時煩雑に通っていたミシガン州トロイのインド料理レストランがあり、1996年ミシガンで最初に南インド料理を紹介した、とされており、野菜を主体とするメニューで美味しいと感じていました。1999年、日本に帰ってきたとき同じような料理を探したけれども全く見つからなくて、あきらめそのうち忘れてしまっていた。
それから10年ぐらいが経過して日本に南インド料理のブームが来ていたらしいです。来ていたらしい、というのは、それを知ったのが2020年を過ぎての事だからです。
こんなに簡単に見つかるなら、南インド料理、ちゃんと検索すれば良かったなあなどと思い、懐かしさからTrip Adviserなどで当時通っていたトロイのレストランを検索してみると口コミが微妙に悪い。
開店当時は評価が高かった口コミも、2000年以後最近までは散々な言われようで、中には北インド料理と書いてあるものも多く作り手が変わったと推測しています。料理は作り手の影響を大きく受けるわけだから、むしろこのほうが自然かもしれない。最近また南インド料理、と紹介されており、口コミを見ても美味しくなったそうで安堵しました。
さてインドはとても広い国だし、南インド料理、みたいなざっくりした理解は好きじゃない。なので、ヒンディー語で検索をして南インド料理の定義を調べてみると、南インド料理とは、南インドに住むドラヴィダ人の料理らしい。ドラヴィダ人が住む南インドにはタミル・ナードゥ州、カルナータカ州、アーンドラ・プラデーシュ州、ケーララ州があり、それぞれ料理は違うよう。そのうち特にタミル料理を日本では「南インド料理」と称していると理解しました。世界的にはタミル・ナードゥ州チェティナード (Chettinad) の料理が有名とのこと。
カレー界に新ヒーロー誕生か?チェティナード料理を探るインド旅
タミル料理には米、豆とくにレンズ豆が使用され、ナン(北インドの高級料理という位置づけ)はありません。スパイスとしてはカレーリーフ、マスタードシード、コリアンダー、生姜、ニンニク、唐辛子、黒コショウ、シナモン、クローブ、グリーンカルダモン、クミン、ナツメグ、ココナッツ、ローズウォーターなどが使用されます。
有名な料理は、ミーン・コザンブ(魚のカレー)、ポリ(蒸し焼き?)、ポンガル(粥)、イッディアパム(麺)、イドリ(蒸しパン)、ラッサム(酸っぱいスープ)、パルプ・ドーサ(クレープ)など。
酸味が強い、野菜を上手に使う、油が少なめ、など飽きない特徴から日本人には受けが良いのかもしれません。グルテンフリーにもしやすいし。エリック・サウスの社長さんがブームの仕掛け人みたいに言われてますが、どうなんでしょう。彼の思惑通りに踊らされているのかな。とりあえずフードプロセッサーにかけてペースト状にするのは自分も大学時代にカレーやシチュー、スープ作りをするときに行っていた手法で、旨いけど邪道だなぐらいに思っていたわけですが、彼によればそれでOKらしいです。
自分自身はミセルが旨味の原動力だと思っていて、彼のようにグルタミン酸とかテクスチャーで理解をしようとはしてないわけですが。
小田急沿線に本来のチェティナード料理があるようですからみなさん訪れてみては。昔から知ってたのにブームに乗り遅れて大変残念だけれど、一次的なブームでは終わらなさそうな雰囲気なので今後も楽しみたいです。
酸味
酸味の話が出てきたので、ここで論文。
Sour Patch adults: 1 in 8 grown-ups love extreme tartness, study shows | Penn State University
日本人は酸っぱいのが大好きだけれど世界ではどうか。ビネガーやライム、タマリンドなど酸味のある食材は世界中にあれど、梅干しほど際立った酸っぱさそのものを楽しむ日本はユニークかもしれない。
ペンシルベニア州立大学の研究チームが、米国とイタリアの大人を対象に酸味の嗜好性を調査したのがこの論文。
- 人々に様々な濃度の酸味溶液を飲んでもらい、酸味の強さと好みについて評価した。
- その結果、約63-70%の人は強い酸味を嫌う一方、約11-12%の人は酸味が強くなるほど好むという「酸味フリーク」である事がわかった。
- この「酸味フリーク」の割合は、米国とイタリアでほぼ同じであり、文化的背景によるものというよりは先天的な嗜好の違いによるものと考えられそうだ。
人間を含む哺乳類が総じて甘いものを好む、のはわかる。塩味も重要だからこそ好むだろうとは理解できるが酸味を好むことはどのような遺伝子的利点があるのだろう。雑菌が入らずに発酵している物質は酸味が強いため、保存食として安全と考えられるから、あるいは鉄やビタミンCの風味など体に良いからなのか。
8人に1人という中途半端な割合の人々が酸味が強ければ強いほど嬉しいという特徴を持っている意味はなにか。彼らの腸内細菌はどうか、健康状態はどうか、など調べてみたくなる課題だ。
我こそは酸味好きである、なんならレモンをチューチュー吸いたいタイプだという方は教えてください。数名はそういうエピソードを外来で聞いたことはありますから、一定数いるのは確かだと思います。
プログラムを書くトレーニングをしたことで、たいていなんとかなっている
という思いを、非常に強く感じてだいだい40年ぐらいになります。勉強にも役立つし、マネジメントも普通レベルのことは学ばずともできてしまう。向いているかどうかはあるにせよ、学習コストに対してリターンが大きいのがプログラミングの勉強だとは思っています。
「教えなくても仕事ができる人」がいますが、それはなぜなのかということに関してそれは「仕事(ものごと)を部位別に分けて理解する能力があるからだ」と評している文章があり、一面においてはそうでしょう。ダニエル・カーネマンが著書内で言及した「実行制御」という心理学の言葉、戦略コンサルティング会社マッキンゼーの「MECE」、東大松尾豊先生が「分ける能力」と呼んでいる能力を引用しています。
優秀な人材は、仕事や課題を構成要素に分解し、それぞれの部分を理解することができる能力に長けているというのです。つまり、ものごとの全体像を把握し個々の要素に注目し調べた上で、相互の関係性を理解するのです。
これは新しい概念ではありません。アリストテレスは概念を分解して理解するのに長けた人で、生物を「脊椎動物」と「無脊椎動物」に分けたことで知られていますが、彼の著作を読むと基本の構成要素への分解が良くみられます。また、近代哲学の父ともいわれるデカルトは、「方法序説」の中で次のように述べています。「複雑な問題であっても、それを十分小さな部分に分解すれば、いずれはその解決に至る」 (Divide each difficulty into as many parts as is feasible and necessary to resolve it.) 複雑な問題でも、部分に分解して理解することで解決できると説いています。
プログラミングを学び、自力でプログラムを構築する過程を通して、「ものごとを部分に分解し構造化する能力」が自然と身につくと考えられます。その理由は以下の通りです。
- プログラミングには論理的思考が不可欠 プログラムを作成するためには、まず機能や処理の流れを論理的に構造化する必要があります。そして全体を部分に分解し、それらの関係性を整理しなければなりません。この作業を繰り返すことで、構造化力が養われます。
- モジュール化の考え方 プログラミングではモジュール化が重視されます。プログラムを機能ごとの部品(モジュール)に分割し、相互の関係を整理することで、プログラム全体の把握が容易になります。この設計思想自体が、構造認識力の土台となります。再利用できる部分は再利用したり、似たモジュールをまとめる、などのプロセスも実際の問題解決には役立つ概念です。
- 問題解決プロセスの体得 プログラミングは本質的に問題解決の作業です。大きな問題を小さな課題に分解し、一つひとつを解決し、最後に統合することが求められます。この一連のプロセスを実践することで、構造化力が身につきます。
- デバッグを通じた経験 プログラムにバグが発生した際、原因箇所を特定するためには、プログラム全体の構造を理解し、注意深く問題を切り分け検証する必要があります。このデバッグ作業を重ねることで、構造認識力が研ぎ澄まされます。また、基本的に自分が間違っているからバグが出るわけで、人のせいにしないという社会で大事なマナーも身につきます。
- 全体のコストを見通すことが出来る(ようになる)
- 効率的なメモリ利用などリソース管理の方法が身につく(かもしれない)
つまり、プログラミングの学習を通して、論理構造の構築、モジュール分割、問題解決プロセス、デバッグ等の作業を体得することで、自然とカーネマン、マッキンゼー、松尾氏が説く「構造認識力」が身につくのです。そして当然それ以上のことも。自力でプログラムを作る体験は医学の勉強に役立った事は間違いありません。さらには解析力まで身につくので客観的な視点でものを考えられるようになります。わざわざ自分では仰らないけれど臨床能力が優れている医師には結構プログラムが書ける人が多いんですよ。
私がプログラミング学習を始めたときに学んだ言葉というか、雑誌に連載されているプログラム教室かエッセイかなにかの題名だったのかなと思うのですが、「まずΧ(カイ)よりはじめよ」という言葉があります。「先従隗始/先づ隗より始めよ」という中国の故事成語のもじりです。
まず身の回りのことから始めてみよう、の意味ですが、これを人工知能に問うてみたところ、なかなか洒落た解釈をしてくれたので紹介します。(いつもの上手な嘘というものです)
古代ギリシャのユークリッドは幾何学の基礎を築いた人物で、『原論』と呼ばれる幾何学の教科書を著しました。この書物の冒頭で、以下のような言葉が記されています。 「πάντα γὰρ χρὴ τὰ ζητούμενα ὡς ὑπάρχοντα τιθέναι καὶ λαμβάνειν οἷόν τε καὶ δυνατὸν γίνεσθαι.」 直訳すると「われわれが問うものは何であれ、存在するものであるとして、それらを評価し、それらを受け取り、可能にさせよ」ですが、これは「私たちが何かについて調べたり、尋ねたりするときには、私たちが尋ねようとしているものが存在し、可能であることを最初に仮定するか、規定すべきである」ということを述べています。もっと単純にいえば「まず探求の前提を明らかにせよ」というのです。この探求の前提をユークリッドはΧ(カイ)と呼び、「まずΧより始めよ」と説いているわけです。この言葉は、幾何学の証明においてまず公理や前提を置くことの重要性を説いたものですが、その後広く物事の着眼点や出発点の重要性を説く言葉として使われるようになりました。物事の構造を捉える際の基本的な考え方を的確に表現した名言なのです。
だ、そうです。騙されてしまいそうだ……。(ユークリッドはΧ(カイ)と呼んでいません)
プログラミングをある程度理解しておくことは人生でずいぶん得をしますよ(どんな分野の勉強をする場合でもその基礎を固めやすい)という事を書きました。例えばPaypalマフィアと呼ばれる人々なんかはその典型なのですが、リバタリアニズムが行き過ぎると途中で(独占した時点で)進歩は止まります。世の中が公平であるため、そして永続的に進歩し続けるためには多くの人がテクノロジーを理解しておく必要があります。
さて、日本でもプログラミングを根っこから理解している人材を増やしたいですよね、という事で啓蒙活動を行っているのは登大遊さんです。彼は自分が思いつく限りの能力がきちんと備わっている人物の一人であり、理想の人物です。彼の能力は法学にも及びます。
SoftEtherの登 大遊氏が語る、「日本のITエンジニアに迫る危機」とは
プログラムを書くのは結構根気のいる作業ですが、その成功体験を誘導できるのが良い教育、と言えるでしょう。
したがってこのような入門書に注目しています。
いったい誰が「全体は部分の総和に勝る」と言ったのか
この言葉、同じような議論はビジネス書では良くみます。Googleはアリストテレスが「全体は、その部分の総和よりも大きい」と書いている、としていますが本当でしょうか。自分の(アリストテレスの本を読んだ)感覚では「全体は部分の総和に勝る」という言葉を彼は言わなさそうなんです。しかし検索してみるとさぞ著書を読んだかのようにアリストテレスの言葉だと紹介されている文章がたくさんある。それは正しくありません。そもそもそんな平易な文章(アリストテレスの言葉は他の学者に比べれば短いけれど、それなりに難しい)を彼が書くはずがない。おかげで彼の著作をざっと読む羽目にもなったのですが、それらしき場所は見つかりませんでした。(速読だから読み飛ばしている可能性は否めないけれど)
Google re:Work - ガイド: 「効果的なチームとは何か」を知る
そう思ってコツコツ調べるのですが、Googleという会社自体がそう言っちゃってるので情報汚染が半端ではありません。日本語で検索するのはやめて、英語で調べていると知恵者が「『形而上学』第8巻の言葉のもじりなんじゃないか、でもまあ、これはこれで示唆に飛んでて良いじゃんねー」みたいな批評あり。
アリストテレス自体は前述の通り事象を分解していき、帰納法で物事を語る人なわけですから全体が総和に勝るとは言わないはず。一方事象の分解がすべてだとも思っておらず、生物の理解においては、部品部品を組み合わせただけではその複雑性は表現しにくいとも捉え、「一個体」として考えています。
そして「形而上学」第8巻でアリストテレスが使用した表現は「全体が部分の総和として理解されない場合には原因がある」(これでも結構意訳)というものでした。これなら彼が言いそうではある。この表現がどういう文脈で出てきたかというと、「足が二本あったら二足歩行になるかというとそうじゃないでしょう?」(そうとう超訳してます)みたいな文章の途中に出現しています。
ではなぜこれが「全体は部分の総和に勝る」というように解釈されてしまうかというと、ゲシュタルト心理学とも関連する「ホーリズム」という考え方は無縁ではないんじゃないかとふと思った。ホーリズムは、全体は部分に分けることは出来ない(分けると意味を失うことがある)とする考え方でいささか極端です。
その直感は正しく、同じような事を思った人はいて、出典ありで書いてくれています。
Who said “The whole is greater than the sum of the parts”? — SE Scholar
では、“The whole is greater than the sum of its parts.”という表現はどの時代から使われ出しているのでしょうか。1990-2000年でインターネット検索をすると、マルクス主義の他、美術の分野、スポーツの分野、経営論で登場し、ゲシュタルト心理学者がアリストテレスを解釈引用した言葉として紹介されており、その辺りが源流ではありそうです。
話を戻すのですが、アリストテレスは少なくとも部分の理解を怠れば、全体を理解することは出来ないし、部分を理解したとしても全体を理解できない場合はあるという意味で論じたであろうと思われますので、ゲシュタルト心理学者がこの言葉をアリストテレスのものとするのはおかしいという立場を自分はとります。
ゲシュタルト心理学を否定したくて書いているわけではないのですけれど。
牛乳の異味事件の真相やいかに
宮城県内の小中学校で給食の牛乳を飲んだ児童生徒ら600人超が体調不良を訴えた問題で原因菌が見つからないとの中間発表がありましたが、ではいったい何が起きたと考えられるのでしょうか。
体調不良600人超の給食牛乳、原因菌見つからず 森永乳業が調査(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
2023年10月、自分が手術を受けた当日の夜、エスゾピクロンという入眠剤を処方してもらい飲みました。おかげで3時間ぐっすり眠れたわけですが、この薬は「飲むと口の中が苦く感じる」という副作用が知られています。自分はどうなるかなーとワクワクしながら朝食をとったものの残念ながら全然苦味を感じません。ちょっと残念だなと思いつつ牛乳を飲んだ時、苦く感じて「ああこれか」と納得。牛乳は時々苦く感じる時がありますが、エスゾピクロンがそれを増強したという印象。
話が逸れましたが牛乳の異味、異臭について。十分文献もあるのですが「複雑だ」というのが結論です。
論文で挙げられている乳製品の代表的な異臭異味の原因としては、以下のようなものが挙げられています。
- 環境汚染物質
- ポリ塩化ビフェニル(PCB)などの残留物
- エチルベンゼン - 包装資材から移行
- ベンゾチアゾール - ゴム製品からの移行
- 飼料由来
- ジメチル硫化物、トリメチルアミンなどの揮発性化合物
- 一部の飼料作物に由来する特徴的な香り
- たんぱく質分解
- 苦味ペプチド(αs1-カゼインなどから生成)
- フェニル酢アルデヒド、スカトールなどの不快臭化合物
- 脂質酸化
- カルボニル化合物(ヘキセナール、ノネナールなど)による酸化臭
- 遊離脂肪酸による異常味(ソープ臭など)
- 微生物由来
- 乳酸菌や汚染細菌による様々な異臭異味(フェノール臭、フルーティー臭など)
このように、原因は多岐にわたり、様々なメカニズムで生成されることが分かります。雪印が調べて発表したのは5のみ。法律に引っかかる部分だけ、という事でしょうが。
牛乳を飲んだ子供のうち1%相当が腹痛や嘔気を訴え、「いつもと違う」という表現であったという情報から何を類推し、仮説を立て、解決すべきなのでしょうか。
- 牛乳に要因がある
- 製造から出荷まで
- 飼料の問題:可能性は低そうだが、暑さで塩の量は変えたのではないかという読者コメントはあった
- 原乳の質:可能性は低そうだがわずかに乳脂肪分が高いなどがなかったか
- 生産ラインでの洗浄作業時の洗剤残留など:あり得るのか?
- 殺菌作業前の汚染:残留物の解析はできそうだが行うのか?
- 風味の管理は行われているか
- 出荷から学校まで
- 温度管理(急に暑くなる時期ではあった)
- 輸送中の匂い移りの有無
- 製造から出荷まで
- 給食に要因がある
- 苦味、酸味、甘味など牛乳の風味を変化させるメニューがなかったか
- 生徒に要因がある
- 一人が訴えると異常が連鎖する問題がある
- 通常低学年のほうが味覚嗅覚は鋭敏だが分布はそれに従うか
- 学校に問題がある
- 検食は機能していたか
さて、取材時に新聞記者はどの程度のパラメーターを事前に準備をするのでしょうか。
保健所もきっと色々インタビューをするのでしょう。
- 問題を把握した時間
- 現時点で把握している、異常を感じた生徒数
- 生徒の学年やクラス
- 具体的にどういう味や風味、匂いを感じたか
- それぞれの症状
- その日の給食メニュー
- 教師で異常を感じたものがいるかどうか
などでしょうか。
そしてどういう検査をしているのでしょうか。この細菌が入っているか、というような定性的な検査はできるかもしれませんが、未知の物質を見つけることは容易ではありません。
クロマトグラフィーをしてみても標準となる物質がなければ「このピークはなんだ?」という事はすぐにはわかりません。ましてや匂いとなると物質が少なすぎて分かるかどうか。
本当かどうかはわかりませんが、この事件ではネットに「甘かった」という保護者らしき人からの書き込みがありました。その場合はいつもより乳脂肪分がわずかに高かった可能性があるわけです。その程度の違いであれば、原因は特定できずに永久にお蔵入りなのかしらと思います。
本当はキャベツを食べると母乳も牛乳も不味くなるみたいな話にしたかったのですが、全然違う方向に行ってしまいました。
キャベツとミルク
合衆国で子育てをしているとき「母乳をあげているお母さんはキャベツを食べちゃだめよ(赤ちゃんが母乳を飲んでくれなくなるから)」とアドバイスされる事が非常に多く、根拠があるのかどうか調べずに、生活の知恵として理解していました。
キャベツは乳腺炎の時に貼るという民間療法があるために「キャベツを避ける」を文献で検索する事が全く出来ず、そのままになりました。最近思い出して文献を調べてみるとアンケート調査がありました。
Dietary Changes Among Breastfeeding Mothers - Marina Iacovou, Peter R. Gibson, Jane G. Muir, 2021
オーストラリアでの調査です。この論文では母親が言い伝えによりある種の食事を取らないのは、乳児の夜泣きを予防したり軽減するためだ、と理解しているようです。
母親のうち77%が食事・飲み物に制限をしており、その動機は赤ちゃんが落ち着かない、お腹のガスや仙痛で辛そうだ、よく泣く、などでした。この制限は産後1週間〜9ヶ月ぐらいまで続きます。
最も避けられているのはアルコール (79%) とコーヒー (44%) でした。食品では唐辛子 (22%)、ミルクチョコレート (22%)、キャベツ (20%)、玉ねぎ (20%) 、ニンニク(16%)です。
玉ねぎとニンニクについてはわかります。ガスが多くなる食材だからで、これは母乳を通して子供にも影響をするらしい。
米国に行くとガスを減らす乳幼児のシロップ(成分はシメチコン)が売っていて、一方で病院では医療用のシメチコンの液体(日本にはある)はないので、内視鏡時に子供用の「Gas-X」(今は売っていないようだ)を使って消泡していました。米国では夜泣きの赤ちゃんにシメチコンをよく使うんだなという感想を持ちました。
ただ、子供のお腹を診察してみるとニコニコしているお子さんでもガスがたくさんだ、というのが自分の経験知です。全員がお腹を痛がるわけではない。善玉菌が多い場合はガスの多くは二酸化炭素なので痛くはないはずなんです。一方で水素やメタン、窒素が増えてくると痛いと感じるお子さんが増えてきます。生まれたばかりの子供の腸内は乳酸菌が多くて便も酸っぱい匂いですが。しかし色々な雑菌を摂取して腸内細菌叢が徐々に多様化していく過程で、水素やメタンを産生する菌が増えてくると高FODMAPなミルクを飲んだ時にお腹が痛いという事を想像します。
条件を満たしたとき、母親が高FODMAP食、例えば豆類/マメ科植物、タマネギ、ニンニク、アブラナ科の野菜、小麦やライ麦を含むパンやシリアルを食べていると母乳を飲んだ子供のガスが多くなり夜泣きが増えるんじゃないかという可能性はあって、それをRCTで確認した2018年の研究です。
なるほどキャベツはアブラナ科ですので、全く根拠がない言い伝えではなさそうだという事は理解が出来ました。
間違ってはいけないことですが、母子が条件を満たさなければお子さんに影響はないので、栄養が豊富なアブラナ科の野菜は避ける事なく「食べてください」と推奨されるはずです。むしろ腸内細菌の多様性を育てる目的で「アリ」だと思います。
おまけ
こういう文章を書くために一体何冊本を読むのかわかりませんけれど、(斜め読みなので大して頭に残りませんが)なんとなしにこのまま忘れると勿体無いなと思ったメモを残しておきます。
- 2023年7月1日、アイオワ州は生乳の販売を合法化し、これで20州めとなった。生乳合法化の広がりとともに食中毒の発生が増加しているとCDCは報告し問題視している。生乳は汚染のリスクが高く、特に免疫が低下している人々にとっては危険である。一方で、生乳の支持者は、それが栄養を維持すると主張しているが科学的根拠はない。兎にも角にも、生乳の合法化は広がっている。
- ディスカウントスーパーマーケットのアルディは、イングランドとウェールズの全店舗で食品廃棄物を削減するため、2023年度中に生乳の「消費期限」を削除し、「賞味期限」に変更する。変な匂いがしない限り売ります、という事で、これにより廃棄を減らしたい考え。テスコ、モリソンズ、M&Sなどのスーパーマーケットはすでにそうしている。
- オメガ-3 (n-3) 多価不飽和脂肪酸 (PUFA) が母乳内に多いほど、乳児のIBQ-Rの否定的感情領域のスコアが低いという論文。他の論文読んでも母乳のn-3 PUFAは高い方が良さそうではある。当然かもしれないが。(自分の書き方がわかりにくい場合、わざとそうしています。誤解をされると困ったり、読んだ人が愉快とは思わない可能性がある内容は事実のみを述べ、わかりやすい解釈の一例を提示しないほうが良いと考えているためです。ご了承ください)
- Encyclopedia of folk medicine : old world and new world traditions (民間伝承の辞典)という本があって今回結構役立ちました。
- 欧米では牛乳のパッケージがプラスチックである場合が結構あるのですが、スーパーの冷蔵庫がLED照明になって以前より明るくなったため、スキムミルクでは牛乳内のリボフラビンや残留クロロフィルが光エネルギーを変換し化学反応を生じさせ味を変えやすい、という研究がありました。一方脂肪を含んでいるとこの化学反応は邪魔されて大きな影響はないそうです。一方紙パックでもスキムミルクは味が変化しやすいそうです。
- キャベツが赤ちゃんのガスを増やすのかどうかはともかく(自分はあんまり信用していない)「ミルクの味が悪くなる」という言い伝えを聞いた事があって、それに関連して牛乳の生産者も同じような気遣いをしているらしいという記事がありました。それによれば野生のタマネギやニンニクが牧草に混じっていると消費者から「味が悪い」とクレームが来るらしくて、そうならないように工夫しているんだとか。→リンク
- グラスフェッドバターなるものがありますが、乳牛の飼料中の牧草を増やすとミルクのn-3 PUFAが直線的に増加するという論文がいくつかあります。口溶けが良くなるはずだよなーふむーなるほどと大いに納得した次第。
次回予告
今回、部分と全体という事を考えざるを得なくなりました。自分はどちらかというと「全体の状態も部分から推測は可能だが少なくとも総和ではなく、ランダム関数やら複雑な論理式やら微分方程式やらぐちゃぐちゃしているために人間には理解できないだけ」という立場ではあるんですが避けて通れず、野口体操を勉強しています。これは暗黒舞踏~野口体操をAIに絵にしてもらったイメージです。
