コロナ後遺症 / 早期がん発見アルゴリズム / 生物発光とコミュニケーション / AIは課題の発見が苦手 / データ主義
目次
コロナ後遺症について
東海大学東洋診療科の野上准教授の外来に訪れるコロナ後遺症の患者さんについて教えていただきました。 男女ほぼ同数で年齢によるばらつきも少ない印象。症状はだるさが多くを占め、あとは個別に頭痛や咳などと続きます。 隠か陽かで言うと、ほぼ隠。陽の人も若干いる、ということは重要かと思います。私はこれで後遺症は全部対処、などと言う先生がおられますが、少数の患者さんしか診ていないとそうなります。多様性があるのです。 気虚、気滞、血虚がある程度いらっしゃる。気虚と血虚両方あるパターンも? そしてプロによる治療は、当然ですがバラエティに富む。私の胃腸の治療が全員違うのと同じ。 やがて治っていく人々が多く、精神科領域とのオーバーラップがある。
Post infectious (感染後)という概念は大切です。PI-なんとか、という病名がつくことが多いのですが日本では希薄な概念です。 消化器領域ではPI-IBS(感染後過敏性腸症候群)という概念があります。お腹の感染症になると10%は治らず、なんか半年ぐらいおかしい、みたいな経過を辿ります。インフルエンザなど上気道炎のあとにPI-couphといって10%ぐらいは治らず、やはり何ヶ月もおかしい。その中に一定の割合で年単位で調子がおかしい人々がおられるんです。コロナ後遺症の割合を見ても、同じようなことが起きてるなーという印象を持っています。nが多いから目立つだけで、似ています。
自分の頭の中では感染症が起きた時に後遺症をなるべく生じない(栄養失調や自律神経障害的なものが起きないような)対策、みたいなものがもやっと存在はしてるんですが、根性論にもなりそうだし、生存者バイアスがかかってるし、しょっちゅう考えが変化するし、現代にマッチしないなあと封印しています。それとなく患者さんに指導してはいます。栄養管理しっかり、というのはPI-IBSからインスピレーションをずいぶん貰ってますが、鉄・亜鉛・ビタミンDはその中では鉄板かなと思ってます。癌の治療後にも同じような概念が通用する場合が多いし自己免疫疾患、変性疾患でも役立つ概念ではあります。
まとめると、どんな感染症にも後遺症が生じるケースが一定の割合であって、①不足しがちな栄養の補充、②免疫的なアプローチ、③消耗からの回復、などの側面から考えます。私は胃腸科であり、私が行っている機能的疾患(GERD、FD、IBS)の治療は同じような事をしている場合が多いと言えます。今後理解が進んで体系化されていくと、診断と治療のアルゴリズムがもっとすっきりする可能性はありますが、今のところはとても多様なので、個別に丁寧に、が基本となります。簡単ではありません。
プライマリケア医の早期がん発見アルゴリズムは「検診受けなさい」じゃないはず
Oncoscienceという雑誌のVolume20で、プライマリケア医が早期癌を発見するための機械学習の役割なるエディトリアルが掲載されたのですが、長年失敗を繰り返してきた絵空事の再提言に過ぎず、とても残念でした。大所高所からものを言う、という彼らの立場がそうさせたのかもしれませんが内容は、 ・機械学習しやすいような電子カルテの構造:いまさらか。そうじゃないんだよ。 ・国をまたいで、公平にそれが可能になるように:最初にそれを掲げるとあまり……ね。 というものでした。
トップダウンで行われてきたのが今までの医学の研究なり政策なのでしょうけれど、ボトムアップで行うことができる時代になってきた、という事が大切なのだと僕は思います。したがって大所高所からものを言うエディトリアルはそもそもダメなのかもしれません。まずはどこかがデータを出してしまう、という事で世の中が動くのだろうと想像します。
その手法はビッグデータ解析だったり、LLMsの利用だったりするのでしょう。頑張れ若人。
ビックデータ解析
現状ではがんの発見が運任せでばらつきがありすぎるのを、これから戦略を練り直してデータ蓄積して機械学習しても時間とお金の無駄です。むしろビッグデータ解析を利用して、今まで情報が届いていなかった人々に商品を売るが如くアプローチするとか、「どうもこの医療機関の患者は、かかっている診療費の割には早期癌が見つかっているけどどうしてだ?」を調べる方が早いんじゃないか。
LLMs(chatGPTのような大規模言語モデル)
医療のデータは「これは嘘がない」という保証がしにくく、状況証拠からこれは真であろうと推測することがとても多いのです。真かどうかの認定にLLMsが力を発揮しそうです。大雑把にまとめたりするのも得意。
だから各自が適当に拡張してもあとでなんとかなる(はず)
例えば10年以上前の当院は大変早期がんをよく発見する診療所でした。あまり検査にお金をかけず病気を見つける事にかけて、鵜川医院は明らかに優れていたんじゃないか。今は定期通院の方が割合多いので無理ですが、僕と父で毎年100人癌を見つけていた時代が10年ほどありました。うち50人以上は不意に見つかる主訴関係ない癌で、主にプライマリケア的なアプローチ(リスクを計算し、事前確率を上げて検査する)によります。主訴と関係ない、本人が持っているリスクに気を配ることで相当多くのがんが見つかるんです。
当時は100受診に1度そういう偶然がある、と見積もっており、それなりに緊張感ある診療をしていました。がん研有明病院ドックに私が勤務していた時代と重なってるんですが、有明ドックで癌は2%以上に見つかり(これは異常)、自分の1%という数字も多いけども、上には上があるという意識はあり、決して油断せず診療していました。
残念なことですけれど、診断だけしていれば良かった時代が終わって定期的に通院する患者さんが増えてしまいますとがんの発見率は落ちます。もともとがん発見の数字には年単位の波がありますが、それを考慮してもかなり効率が落ち、鵜川医院の時代は終わった。そう思っているわけです。医者のスキルが下がったわけじゃなくてリスクが薄まった事によります。10年以上前にブログにも書きました。これはNEJMか何かでもプライマリ・ケアの持つ壁として描写されてるんですが、一生懸命やる(患者のリピート率が高かったり、信頼度が高い)ほど診療の効果は年々落ちるんです。プライマリ・ケア医が持つこのジレンマは燃え尽き症候群の原因だとされています。
さて、たまたま早期癌を見つけたとします。当院には1000人単位でいます。しかしその後来院せず、他のがんや生活習慣病で介入されるべきタイミングを逃して予後が悪かった。そういう落とし穴にはまる患者さんも多数います。日本にプライマリ・ケア医はまだ少なく、人間ドックで良いだろうと思っている人々への介入のタイミングはたいてい遅れます。私はドックに補助金出すことは個人的には賛成していませんが、プライマリ・ケア医が少ない現状ではドックにも意味があるとは思います。
ではどうすれば効果的か
- リスク計算がまず第一です。一律に年1回ではなく、家族歴、感染、生活歴、その人の収入、理解度、などから許容できるところまで(5-10%ぐらいのエラーは許容)検査回数を減らしつつ全臓器効果的に見るべし。その判断は患者の自己判断ではなくて、どこか天からの判断がよろしい。
- 偶然を味方につけられるアルゴリズムにすべき。偶発的に色々なものが見つかる検査をうまく活用すること。例えば肺CTで冠動脈石灰化や膵癌を見つける。そういう隠れた利点までもシミュレーションすること。主観的な内視鏡、エコー検査で自分は他の医療機関に比べて優位ではあるかもしれないが、技に依存するのはバカバカしいので、AI利用を前提にすべき。
- 天からの判断と言ったが、患者がそのアルゴリズムに従ってくれることが重要。検査しすぎもだめ、検査しなさすぎもだめ。医者の言うことは全く聞かないが、AIの判断を人間は良く聞く、という論文がある。その人の時間やお金にもきちんと配慮することも、AIなら可能だ。
- リスクは常日頃から状況が変化していく流動的なパラメーターであり、これに対応できる確率計算法については良くわからない。これはコンピューターの助けを得たい。
- 患者の勘には時々助けられるが、これはリスク計算できないパラメーターの一つだ。これすらもビッグデータでなんとかなりそうな気はするが、例えば家族友人の病気をきっかけに自分の病気を見つけるというものだ。反対に明らかに勘がにぶい人々がいて、これはわかるので「#注意」タグを付加しておけばよいだろう。
誰かの人の言いなりで健康管理をするのがすごく嫌だという人々がいて、超えられない壁がそこにありますが、頭の中では一定の理想はあります。高齢になった場合には、健康管理はいい加減で良い、怪我だけしないでね、というのが持論ですがなぜか真逆に行こうとする人が多いのが悩みです。もやっとした話題になりすみません。
発光とコミュニケーション
2020年の日記から。「面白い深海生物の番組をちらりと見た」とあります。MCはデービッド・アッテンボロー。彼は2023年現在97歳でご存命ですが、この日記当時は90歳でした。BBCの元プロデューサーであり、動物学者。2014年に90歳で亡くなったジュラシック・パークの映画監督リチャード・アッテンボローの弟さんです。
吹き替えがかぶって御本人の声が聞き取りにくいものの、ペラペラと台詞を話す人で90歳ぐらいとはまるで思えない若々しさ。さて、番組の内容ですが。
深海生物が光る意味として新しく知ったものがあり、衝撃を受けたけれど考えてみれば理に適っています。
今までの自分の知識として深海生物の発光には、
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自分の光をサーチライトとして使う
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光で餌をおびきよせる
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光をめくらましにして逃げる
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光でコミュニケーション(例えば異性)をする
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淡く光る事で背景とまぎれるカウンターイルミネーション
の意味が考えられています。
これに加えて新しいものとして、
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捕食される際に強く光ることで、その捕食者が光に照らされ目立つことでさらに上位の捕食者に食べられ、結果的には仲間を救う
という生態が紹介されていました。なんと高度な戦略なんでしょう。
番組では紹介されていなかったけれど、捕食する側もきちんと考えており、「赤ちょうちんクラゲ」という、胃が捕食した生物の光を漏らさないようになっている生物もいます。
さて、深海の中での光の役割がわかったところで、地上の生物において発光の意味は単純で、
- 自分は毒を持っているという警告
- コミュニケーション
- 擬態
などに使用されている様子。その中でもっとも謎なのがミミズの発光で、光が周囲には届かない土の中でどういう意味があるのでしょうか。観察や実験方法はどうすれば良いのか。その解決策は自分には思い浮かびません。皆さんにアイディアがある方がいたらどうぞ教えて下さい。論文を読んでいると全く光の意味は無視されており「生命に必要なタンパクが、たまたま光っている」と研究者たちは考えているようです。そうか、土の中で生き、逆に関係ないから捕食されず生き残ってこれたのか。
以上は2016年に制作され、日本では2020年に「発光生物 神秘の世界」としてNHKで放送された番組をチラ見して、勝手に妄想を膨らませているので内容が違うかもしれません。
さて、アッテンボローの番組を見た数日後のこと「電車の中で自分の横に座っていた人がもぞもぞと動き出したので、私も立ってスペースをあけると少し遠くから『90歳が通りますよー』(意訳)というような声が聞こえ、ああこの方々に席を譲るのだなと認識ができた」と日記にありました。二人のご老人が席におすわりになり「いやー助かります。私これでも96歳」(意訳)と仰る。周囲の何名かでで「へー」と驚いていたところ、「見せますよー」と取り出した身分証には確かに大正という文字が読めました。我々がそんなやり取りをしている横で、かなり混んだ車内なのに足を組んで座っている若い女性がいて、イヤフォンをしているでもないのに気づいていないようでした。我関せず。
自分にとって人間個人が持つコミュニケーションの範囲は重大なテーマなので彼女を興味深く(かつ怪しまれない程度に)見ていたのですが、通常、電車内で足を組む人々はコミュニケーションの範囲が狭く、あえて周囲に注意は払いません。ですから我々が「ほう」とか「お若い」などと言っているのを気に留めなくても、それは納得です。しかしその女性の化粧や顔の造作、ファッションはまるで発光生物が発光しているようにも見えました。以前の私ならば、派手であることは他人とのコミュニケーションを求めているんじゃないかと考えて、その女性が持つ狭いコミュニケーションの範囲とのギャップに驚いたかもしれませんが、アッテンボロー氏から学んでいたので違います。
発光している生物の中には、目が見えないものがいます。その場合発光は警告であったり、あるいは罠であったりするわけです。勝手に反応してください、というタイプのコミュニケーション。むしろ近づかないようにのサインです。人間世界においても上記の自然の驚異と全く同じことが起き、役立っているのかもしれない!つまり女性の派手さは、私は人との距離はわからない、とりあえず近づくなとの警告だ、と理解でき、動物世界との共通性に再度驚愕してしまったのです。
課題の発見
AIにはまだ苦手で、人間にできることは課題の発見です。疑問、はとても大切にすべきです。インターネットでこういうストーリーがあり話題になっていました。
自分が抱える問題に絶望していたが、周囲からの影響で前に向く力を得て、課題解決に向かおう、とする話です。一人で、みたいなストーリーになりがちですが、背中を押してくれた他人がいて、というのが心に残った。
RADWIMPSのドラマーが自らの病気を研究し始めたわけ - NHK NEWS おはよう日本
人生を左右するほどの課題に出会う人、というのは多くはないけれども、正面から向き合うレジリエンスを持つ人はさらに少ない。現時点での研究の進捗は色々なモダリティを使って疾患を理解する、という段階のように見え、壁が高そうですが進んでいってほしいです。
データ主義
普通の人々に対する教育は「褒めて育てる」が基本です。しかし、一部エリートに対するそれは違い、非常に厳しい選択と脱落、が行われます。日本の教育が間違っているとされるのが、その厳しい教育があまりに無計画で指導者の感覚に依存しすぎている、というものでした。
オリンピックレベル、ワールドカップレベルの教育方法は厳しすぎるので、あまり我々に適用してはいけないんですが、データを重視する、という部分には共感できました。
トム・ホーバスの「厳しい練習」は、日本人がやりがちな「根性練習」と何が違う? 日本代表を勝たせた外国人“鬼コーチ”が直面した日本の課題
先日ある初対面のドクターとのこういう会話がありました。
「先生は内視鏡の先生?」
「そうです」
「私ね、便潜血が陽性になりまして、2年前ですが」
「ほうほう、大変でしたね」
「で、なにもなかったんです」
「よかったですねー」
「その時の先生が、なにもないので、次回は2−3年後、っておっしゃったんです。そろそろですかね?」
「いや、あと15年後ですね」
「え?」
「あと15年後です。確か最新のデータだとそれが地球には(これ大切)一番良いってことになってます」
米国では観察に10分以上かけているか、腺腫の発見率が2割を超えているか、など大腸の検査をする医師がデータで評価をされています。一定のレベルに達した医師に検査してもらった場合、検査はこのぐらいの間隔にしても良いみたいなガイドラインがあるのです。で、今までは何もリスクがない人は7年後とか10年後とか言われていたのが、最新の解析で15年まで伸ばせるんじゃないかという論文が出たばっかりだったのでそういう返事をしたんです。
「でも日本では医者の目と腕をQC(クオリティコントロール)をする仕組みがありません。検査結果に署名がしてある場合、それはある程度自信がある医師ですという意味ですが、先生がもらった結果に医師の署名は?」
「なかったように思う」
「であれば、残念だけど2-3年後にもう一度受けておくのが無難かなとは思うのです。ちなみに親か子か兄弟に大腸がんがある場合、大腸検査は3年に1度になります」
「そうか残念です。どういう先生にかかればいいの?」
「米国のガイドラインに沿って、という意味ではなかなか見つけるのが難しいのですが、ハイボリュームセンターで研修された内視鏡専門医であれば一定レベルに達しているのでかかるとき調べてみて下さい」
「了解です」
医者こそQCが重要な時代です。そのためにはデータを残し活用する事が非常に大切なのです。だから自分は火曜日と木曜日は電子カルテのメーカーで仕事をしています。自らデータを活用できる医師でないと「人に使われる」だけなのでその啓蒙も大切な仕事だと思っています。