#鵜川医院レター

ピロリ除菌 / 人間の冬眠? / 直感とズレるAI / 音楽と数学 / 哲学

目次

ヘリコバクター・ピロリ除菌レスキュー治療のまとめ

日本の皆保険医療は感染症に関して脆弱です。新しい薬が使えなかったり、公知申請が行われにくいなどの事が起きます。理由を想像すると、感染症市場が小さく儲からないと見なされている、感染症専門家は清廉な人が多く政治力には乏しいなど。海外と連動するようなルールが欲しい気はします。 現在ピロリ除菌が失敗した場合のレスキューは自費診療で行われており由々しき事態です。大変心苦しいです。

Rescue therapy for refractory Helicobacter pylori infection: current status and future concepts - Song-Wei Wang, Fang-Jung Yu, Fu-Chen Kuo, Jiunn-Wei Wang, Yao-Kuang Wang, Yi-Hsun Chen, Wen-Hung Hsu, Chung-Jung Liu, Deng-Chyang Wu, Chao-Hung Kuo, 2023

この記事は、世界の現状はこんな感じですというまとめの記事です。

  • 7日投与(日本がそうです)よりも14日投与が効く。
  • 過去の抗生物質暴露、抗生物質耐性、アレルギーなどを加味して治療方針を決定する。
  • 除菌が失敗した方へのサーベイランス(定期的にきちんとした内視鏡検査をして安心してもらう)の提供。

が主な内容となっています。人間ドックでの内視鏡検査に意味がないと自分が思うのは、彼らはサーベイランスのつもりで検査を行っていないからです。当院の限界はあるものの、患者さんが困ることがないように環境を整えております。

超音波で眠れるようになるか(人間が)

イーロン・マスク氏の脳インプラント会社であるニューラリンクが2023年5月25日木曜日、米国食品医薬品局(FDA)から初のヒト内臨床研究の開始にゴーサインを受け取ったという大きなニュースもありましたが、脳を外部からコントロールし、脳から直接外部をコントロールするのはホットな話題です、実際可能ですから。特に「人間が冬眠する」というテーマが大好きなので、脊髄反射的に紹介します。

Hibernation-Like State Induced by Ultrasound Could Enable Long-Distance Spaceflights

(chatGPTに頼んでちょっとくだけた文章にしてもらいました)

「超音波で眠りを誘う!?」 宇宙旅行や医療界に革新をもたらすかもしれない新たな発見が、Nature Metabolismという科学雑誌に掲載されました。アメリカのワシントン大学セントルイス校の研究チームは、超音波を脳に当てると、マウスが”torpor”(という名前の休眠状態)になることを見つけたんです。

この超音波のパルスの効果は数時間ですが、連続して照射することで24時間まで休眠状態を引き起こす事ができるそうです。更に驚くべきことに、普段は休眠しないラットでも同じ効果が確認されました。したがって人間のような他の動物でも試してみることができるかもしれません。

研究者たちは超音波が脳の特定の部位(視床下部前希釈領域POA)を活性化し、そこにある特殊なタンパク質(チャネルタンパク質TRPM2)がこのプロセスに大切であること、そして体の褐色脂肪組織も関与していることを明らかにしました。まだまだ詳しいことは分かっていないし、人間で試すにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、これが実現すれば長時間の宇宙旅行や医療の現場で「休眠状態」を利用することができるかもしれません。未来の冒険にワクワクしませんか?

AI(人工知能)は直感とは反対側にあるが

以前から結構役立つと思っていた、Ada Health という問診ソフトがあるのですが、久しぶりに使ったら使いにくくなっていました。AIは精度を高めるほど鈍臭く見えるのですが、実際に目にすると辛い感情が起こりました。 この問診ソフトはベルリンで開発され、ブラジルでクラスII医療機器認証、昨年末ヨーロッパでもクラスII医療機器に認証された信頼性の高いプロダクトです。医師の問診以上の精度を求め、改良を重ねて一定の性能を達成しているのです。スワヒリ語とルーマニア語バージョンはメリンダ・ゲイツ財団がスポンサー。

最初に使った時はもっとシンプルで、好印象でした。患者の年齢に性別により、一番罹患確率の高い疾患を選び出してくれました。日本語バージョンを是非作りたいと4-5年前にメールしたときは「機会があったらね」との返事をもらい、それっきりです。 しかし新しいAda Healthは、精度を追求するためとはいえ問診の数がとにかく多くて疲れてしまいます。忍耐、忍耐、また忍耐。きちんと答えれば除外診断表は作ってくれるのですが、きちんとよどみなく答える事は難しく、そもそも時間がかかりすぎます。「患者と聞き手の会話」を自動でひろって整理したり、スマートウォッチはじめ色々なIoT機器から医療情報は自動収集した上で、足りない質問を提示してくれるぐらいになるとやっと実用的と言えましょうか。

さてAIの世界では2022年にchatGPTのようなLLM(大規模言語モデル)が急激に進化し、2023年時点では医療に関してかなり精度の良い答えを提供するようになっています。当然Ada HealthはLLMを牽制しています。

Comparing AI for application in healthcare

というのもAda Healthのビジネスを脅かすのがLLMだからです。LLMの一つであるGPT-3(chatGPT)はCDC(米国保健局)の文章を全部学習しているとAda Healthのサイトに書いてありまして、データのネタ元が判明。GPTがどこで医学知識を学んでいるんだろう?UptodateやDynaMed(両方とも信頼できる医療ソース)だったら良いけれど有料だからなあ。という疑問があったので、そういうことねと納得しました。GPT-4ではおそらく「確からしい医学知識はこれ」みたいなパラメーターまで入れてあるのでしょう。医師国家試験に合格するレベルになっています。

さて、AIとのやり取りは現状ではすぐに答えを出す「直感」とは対局にあるように見えます。しかしそう見えるのもほんの数年であるという気がしています。私は患者さんの雰囲気を、関連するデータの収集、視覚からの情報、聴覚からの情報、触覚からの情報、返答における細かな副詞や接続語の使い方から判断した上で、「あなたはこういう状態だ」と素早く診断をしますが、これは勘ではなくて「すべての感覚の統合により得られた結果」です。言語だけで情報収集するより早いから勘でやっているように見えるだけなのです。しかし早晩AIは言語のみならず、画像、音などのデータを総合的に判断する時代になるのではないか、そんなことを想像してます。もちろん共感覚を持つコンピューター、という概念も出てくるんだと思います。とんでもない時代になりましたね。

数学は音楽と一緒に学ぶと良く理解ができるらしい

Music can help children improve their maths scores

従来の研究では、音楽の得意な子どもたちほど数学も得意なことが示されてきました。しかし、子供に音楽を教えることが実際に数学の成績向上につながるのかは明確ではありませんでした。1975年から2022年までの間に発表された関連研究を学術データベースで検索しメタ分析を行ったトルコの研究者によりますと、音楽が授業の重要な要素となったときに子どもたちの数学の成績が上がることが示されるそうです。良いですね!

音楽は、数学をより楽しくし、生徒たちの関心を引き、数学に対する恐怖や不安を和らげるのに役立つと考えられています。学ぶモチベーションが高まり、生徒たちは数学を好きになる可能性があります。

数学の授業に音楽を統合するための技法は、数字や分数を学ぶ際に異なるリズムの楽曲に合わせて手拍子をすることや、数学を用いて楽器をデザインすることまで様々です。

この話で思い出したのは中島さち子さん。数学オリンピックで金メダルをとった方ですが、音楽を通して科学と触れ合う活動を精力的に行っている方です。大阪万博でもいろいろご活躍とか。友人が彼女のワークショップがあると「行きました」とFacebookに投稿してくれるので知ったのですが、皆さんも(特に若い方は)機会があったら参加してみては。

中島さち子|音楽と数学を融合させたSTEAM教育で心躍るワクワク体験を|音楽|Aktio Note-アクティオノート〜創造する人のためのノート〜

哲学を、する

フランスのバカロレア(大学入試)には哲学の設問があります。6月に終わったばかりで、今年の問題の一つはこうでした。

Le bonheur est-il affaire de raison ?

幸福とは理性の問題なのだろうか?

毎年こんな感じで「なんじゃこりゃあ」という問題文。4時間かけてこれに答えるのです。哲学という入試科目は「あーでもないこーでもない」と自問自答する力を問うているので、事前の準備はもちろんするんでしょうけれど、この設問を面白いと思い、あーでもないこーでもないと受験生は考えるんでしょう。すごいですねえ。

漠然とし過ぎているので、chatGPTに軽く答えてもらいましょう。フランス語で質問し答えてもらうのが便利です。というのもヨーロッパの言葉の中ではフランス語がまあまあ古いと言うか語源がしっかりしているというか、言葉の意味の定義がちゃんとしてると思うのです。日本語もその意味で大変すぐれた言語なんですけども。

<GPT-3.5>

幸福とは理性の問題なのか、という問いは複雑で、議論の余地がある。さまざまな哲学的観点が、さまざまな方法でこの問いにアプローチしてきた。 幸福は理性と密接に結びついていると主張する哲学者もいる。彼らによれば、幸福は理性と論理に従って生き、徳を培い、道徳的原則に従うことで達成される。この観点からすれば、幸福は私たちの合理的な選択と反省的な行動能力の直接的な結果である。 他の哲学者たちは、感情や幸福の主観的経験をより重視する。彼らにとって、幸福とは快楽や満足感、感情的な幸福などの側面を含むものであり、単純な理性の問題に還元することはできない。これらの哲学者たちは、幸福は対人関係や美的体験、あるいは個人の嗜好といった非合理的な要因によって左右されうることを強調する。 また、幸福の追求において理性と感情の両方を統合しようとする中間的なアプローチもある。例えば、理性は私たちにとって何が本当に有益なのかを理解し、十分な情報に基づいた意思決定を行う上で役割を果たし、感情は私たちに満足感や充実感を与えるものへと導くことができると主張する哲学者もいる。 結局のところ、幸福が理性の問題であるかどうかは、採用する哲学的アプローチと幸福の概念によって決まる。合理性や論理性を重視する考え方もあれば、感情や主観的経験を重視する考え方もある。

<GPT-4>

幸福と理性の関係は複雑で、これらの用語をどのように定義するかによって大きく左右される。 合理性としての理性:理性を合理性や論理と考えれば、幸福は部分的に理性の問題であると言える。例えば、合理的選択理論によれば、人は自分に最大の幸福や満足をもたらすと信じることに基づいて意思決定を行うという。また、心理学や行動経済学の研究によれば、合理的で熟考された選択をする人の方が、衝動的で非合理的な行動をする人よりも幸せであることが多い。しかし、幸福は愛や喜び、美的感覚など、非合理的で感情的な要素にも左右される。 意味や目的としての理性:一方、理性を「目的」や人生の目的という意味で考えるなら、幸福は理性によるところが大きいと言える。ポジティブ心理学の研究によれば、人生に意味や目的を持っている人は、そうでない人よりも幸せであることが多い。このことは、幸福は意味のある目標や目的意識の追求に大きく依存していることを示唆している。 また、幸福と目的の関係は、人や文化によって異なる可能性があることにも注意が必要だ。幸福の源泉として感情的・精神的な調和をより重視する人や文化もあれば、理性的で具体的な目標の達成をより重視する人もいるだろう。 結論として、幸福とは理性と感情、合理性と非合理性、具体的な目標と抽象的な意味の両方の問題であると言える。それは、幸福を高める合理的な選択をする能力と、人生の一部である経験や人間関係に意味や喜びを見出す能力の両方にかかっている。

GPT-3.5のほうがなんとなくわかりやすいですね。GPT-4はちょっと自分には無理な感じです。

<僕>

まず言葉の定義をしなければならない。GPTと同じ事書いてますが偶然ですね。ていうか、これが作法みたいなものです。フランス語のbonheur 、和訳で幸福とされる言葉はbonumとaugurumという 2 つのラテン語が由来で、前者は「良い」後者は「前兆」というような意味です。14世紀以後使われている。日本語では「幸福」は江戸時代以後に作られた言葉です。英語ではhappinessという事になり、シェークスピアを題材にした議論は良いかもしれません。フランス語ですと例えばプルースト「失われたときを求めて」の一節は参考になるかもしれません。 九鬼周造は人間、特に日本人の情緒の原点を万葉集に求めた人ですが、彼の「情緒の系図」の分類の中には「幸福」という感情はありません。満足という情緒はあります。なるほど。九鬼の分類に従えば、幸福という言葉は原始的な情緒ではなくて理性的な何かに修飾された状態かもしれない。その何かとは、「こういう状態=満たされたと思いなさい」とあとから宗教などで教えられ身についた概念ではないかしら?などとふと思うわけです。さすがフランスのバカロレアは良い問題出すなーなどと思います。実存主義をフランスで学んだ九鬼がbonheurや幸福という言葉を知らないわけがなく、あえて幸福という言葉を取り扱わなかったのはそれが原始的な情緒とは違うんじゃないか、と考えたのではないか。実存主義とは神の存在と人間とを切り離して考える哲学です。九鬼は「幸福」という情緒が理性によって作り出されているような側面をもつと感じたのでは?などと勝手に想像します。日本には「幸福の科学」という宗教がありますね。教義は知りませんが、その存在をフランス人に教えたら面白がるかもしれません。宗教は一般には話題にしにくい繊細な題材ですが、大学こそ言論の自由の場所だから、答案にそれを批判的に書くことは歓迎されるでしょう。 さて、理性の問題という言葉はコントローラブルで相対的だという意味で自分は使っていますけれど、幸福だけが理性由来の情緒なのでしょうか。患者さんを見ていると、「満足感」のみならず、あらゆる情緒がそもそも相対的な存在だと感じます。しかもコントローラブルでありそう。だからこそ追求しがいがあり、今の自分を変えることが可能なのです。コントローラブルであるという事は良いことですが、案外それに気づいていない人が多いですし、苦労している印象はあります。この数年で大学を受験する若い人たちはコロナで本当に苦労を経験しましたが、彼らに「幸福になってくれ」と労うような意思もこの問題には感じます。さて、4時間でまとまるだろうか。

ところでこの哲学のテスト、第3問にはレヴィ・ストロースを問題として出したそうです。彼はいろんなところにフィールドワークして、「全世界の人間の共通の根源は?」を一生懸命考えた人なんですね。構造主義っていう考え方。これは「脳は関数型プログラムだ」っていう考え方だと置き換えることが出来ると自分は考えてます。先日MOMATのガウディ展を見に行ったとき、所蔵作品展の中にこのレヴィ・ストロースを題材としたものがありました。これを見て自分は一緒に行った学生に「構造主義は、最近流行のchatGPTなどLLMに敗北したんじゃないか、と僕は考えている。もともと脳の中に関数が定義されているという事はなくて、ただただ最適解を探索し確率で答えを出すことが生物の本質なのかもしれない。その仕組みは哺乳類に共通していて、人間が他の動物と比較して特別じゃあないのかもしれない。だからレヴィ・ストロースの仕事は素晴らしいけれどあらためて捉え直す必要があるんじゃないかしら。もう一度読むと別の解釈ができそう。そう考えるとこの展示も非常に象徴的でポストコロナらしい」と感想を述べたんです。ポストコロナでレヴィ・ストロースを問題に出すのは非常に意味があることなんじゃないかな、と思いました。自分の頭の中でもまとまっていない話題なので非常につまらない文章になってしまいすみません。書いておかないと忘れそうなのでつい。