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大腸菌が犯人?大腸がん若年化の謎/自由は、けっこう重い

目次

大腸がんの若年齢化の機序を説明出来るかも知れない話

1 世界一の道具を持ちながら

日本は、大腸がんと戦うための道具にかけては、世界で最も恵まれた国です。

まず、40歳代から便潜血検査が検診に組み入れられています。これは世界的に見てもかなり早い開始年齢です。

注:便潜血(べんせんけつ)検査 便に混じった、目に見えないほど少ない血を調べる検査です。がんの表面はもろくて出血しやすいので、それを手がかりにします。痛くないし安いし、便を出すだけでよい。世界の大腸がん検診の中心になっている方法です。

さらに、大腸内視鏡検査が世界でいちばん安い。保険制度により値段が決定されていますが、それが諸外国よりだいぶ安い。そのうえ、検査をする医者の腕といえば非常に高い水準でそろっています。「上手いのが特別」ではなく「上手いのがふつう」という国は、ありません。

ところが、これだけの環境がありながら、日本の大腸がんの死亡率は先進国の中で最も高いのです。理由ははっきりしています。検診を受ける人が少ないからです。

注:検診受診率 検診の対象になっている人のうち、実際に受けた人の割合です。日本の大腸がん検診の受診率は、欧米の主要国よりだいぶ低い。道具があっても、使われなければ意味がない、という話です。

2 一方、外国では

一方外国では、大腸がんはむしろどんどん征服されつつありました。検診が広まり、内視鏡でポリープを取るようになり、死亡者数は減りはじめていたのです。

ところがここへ来て、大騒ぎになっています。若年化です。

これまで「大腸がんは55歳を過ぎてからの病気」という前提で検診の仕組みが組まれていたのに、40歳代でかかる人が増えてきました。せっかく減りかけていた死亡者数が、また増えるかもしれない、と。

日本はというと、もともと開始年齢が低いこともあって、この騒ぎの外にいます。いわばガラパゴス化した状態です。

注:ガラパゴス化 ガラパゴス諸島は、まわりの大陸から切り離されていたため、そこだけ独特の生き物が育ちました。そこから転じて、「世界の流れとは別に、その国だけで独自に発達してしまうこと」を指す言い方です。

3 「なぜ若い人が?」

このガラパゴスをよそに、外国では「なぜ若年者に増えているのか」という疑問を解こうと、たくさんの研究が行われています。

いろいろな化学物質にさらされているせいではないか。肥満のせいではないか。そういう説もあります。

そして、そこへ腸内細菌という切り口が出てきました。これが、かなり説得力があるのです。

注:腸内細菌(ちょうないさいきん) 人の腸の中には、数百種類・数十兆個の細菌が住んでいます。そのほとんどは悪さをせず、むしろ消化を助けたりビタミンを作ったりしています。この集団全体を「腸内細菌叢(そう)」=お花畑(フローラ)と呼びます。

4 概念そのものは古い話

私が医者になったばかりのころから、「大腸がんと、腸の中にいる細菌には何か関係があるらしい」という話は、形を変えながらずっと続いてきました。

5 最初の手がかりは、ひとつの細菌だった

当時教わったのは、Streptococcus bovis(ストレプトコッカス・ボービス)という名前の細菌でした。

1950年代のことです。この菌が血の中に入って(菌血症)高熱を出した人や、心臓の内側に住みついてしまった人(心内膜炎)を調べたら、その人たちに大腸がんが見つかった、という報告がありました。

注:菌血症(きんけつしょう) 血液の中に細菌が入り込んでしまった状態です。血液は本来、細菌のいない場所なので、これは異常事態です。

注:心内膜炎(しんないまくえん) 心臓の内側をおおう膜、とくに弁のところに細菌が巣を作ってしまう病気です。弁が壊れるので命にかかわります。

そこから「この菌で菌血症が起きたら、大腸がんを探せ」という教えが生まれました。

ただし、このときの理解のしかたは今と逆でした。がんが先、細菌があとです。つまり「大腸にがんができて、その表面がえぐれている。そのえぐれた場所から、腸にいた菌が血管に入り込んだのだ。S. bovis は癌を好むのかも知れない」という説明でした。「この菌がいるから大腸がんになる」という順番では考えられていなかったのです。

たぶん、細菌が癌の原因だという証拠を一生懸命に探した人はいたのだと思います。そして、見つからなかったのでしょう。

6 ここ数年で、順番がひっくり返りつつある

ところが最近、この順番が逆転しはじめています。

主役は pks(ピーケーエス)陽性大腸菌 という細菌です。

注:大腸菌(だいちょうきん) ありふれた腸の細菌で、ほとんどの種類は無害です。ただし「株(かぶ)」といって、同じ大腸菌でも中身が少しずつ違うグループがあり、その一部だけが特別な性質を持っています。

注:pks島(とう) pks島(ポリケチドシンターゼ・アイランド、別名:pksアイランド)」とは、一部の大腸菌や肺炎桿菌などのゲノム上に存在する、遺伝子の集合体(ゲノム島)のことです。細菌はこの設計図をもとに、ある化学物質を作ります。この設計図を持っている菌を「pks陽性」と呼びます。

これが作る化学物質が コリバクチン。これは、人の細胞のDNAを切ってしまう働きを持っています。

注:DNAとゲノム DNAは、体の細胞ひとつひとつに入っている設計図です。その設計図の全体を「ゲノム」と呼びます。DNAが傷ついてうまく直らないと、細胞の動きがおかしくなり、それが積み重なるとがんになることがあります。

しかもコリバクチンがつける傷は、特有の形をしています。DNAのどの場所が、どんなふうに壊れたか。そのパターンが独特なので、あとから「これはコリバクチンの仕業だ」と見分けられるのです。犯人の指紋のようなものですね。

そして、若いうちに大腸がんになった人のゲノムを調べると、この傷跡がしっかり残っているというのです。

さらに驚くのはここからで、傷がついた時期を推定すると、大人になってからではなく、人生の最初の10年ほどの間らしいのです。

注:いつ傷がついたか、なぜわかるのか 細胞は分裂をくり返すたび、一定のペースでDNAに小さな変化をためていきます。これが時計の代わりになります。ある傷のまわりにどれだけ「時計の進み」がたまっているかを数えれば、その傷がいつごろついたかを逆算できるのです。

幼少期から、というのは実に不公平な話です。しかも犯人が大腸菌だとは。こいつが実行犯だったとは驚きました。胃がんの原因になるヘリコバクター・ピロリ菌も幼少時の感染という意味でのみ似ています。

7 ところが私は、あまり驚かなかった

正直に言うと、この話を聞いても私はそれほど驚きませんでした。前から、ぼんやりと思っていたことがあったからです。

「腸内細菌が大腸がんに関係するなら、そこには必ず“びらん”があるはずでしょう?」

注:びらん 粘膜(ねんまく)の表面が、浅くはがれてしまった状態です。もっと深くえぐれると「潰瘍(かいよう)」になります。びらんは、その手前の浅い傷です。

注:粘膜バリア 腸の内側の壁は、ぬるぬるした粘液の層と、すきまなく並んだ細胞によって守られています。細菌はふつう、この壁の内側までは入れません。

ピロリ菌が胃がんを起こすときも、いちばん大事なのは炎症なのです。菌がいるだけではなく、そこが荒れていることが効いてきます。

理屈はこうです。

  • 健康で無傷なバリアを突破して、細胞のDNAまで壊すには、本来とんでもない数の菌が必要なはずです。
  • それだけの菌がいたのなら、昔ながらの培養検査(便から菌を育てて調べる方法)でとっくに悪さをする細菌は見つかっていたはずです。
  • 見つからないということは、少ない菌でも足りてしまう仕組みがある、ということになります。
  • ならば、菌が悪さをするほど多くなく、すでに壁のほうが壊れていた、と考えるのが素直でしょう。

ですから「傷がついたのは幼少期です」と言われても、なるほどな、としか思えませんでした。幼少期は壁が弱いからです。これはピロリ菌でも全く同じです。あるいは、びらんがずっと続く大腸炎を持っている人とか。

もっとも、ぼやっと思っていただけで、私は何もしていないのですが。

(ちなみに、患者さんが自分でおっしゃる「私、胃腸が弱くて」は、内視鏡で実際に見える炎症とはあまり一致しない、というのが私の印象です。)

8 若い人に多いのは、当然に思える

これまで知られていた、古典的な大腸がんのできかたはこうです。

まず腺腫(せんしゅ) という良性のポリープができ、それが10年ほどかけて、ゆっくりがんに変わっていきます。

注:腺腫 腸の粘膜にできる、良性のいぼのようなものです。すぐには害がありませんが、放っておくと一部ががんになります。だから検診で見つけて取ってしまえば、がんを防げるわけです。

一方、弱った粘膜の上で細菌が直接DNAを壊すルートなら、この10年の道のりを通りません。進行が速くなりがちだと考えられます。だから若い人に多い、というのは筋が通ります。

そして残念なことに、これは便潜血検査があまり役に立たないタイプかもしれません。

はじめに書いた、あの安くて負担の少ない検査です。この検査は、がんがゆっくり育ってくれることを前提にしています。1年に1回調べるあいだに、がんが手遅れになるほど進まない、という前提です。進行が速いがんは、その網の目をすり抜けてしまいます。

つまり、細菌と縁の深い大腸がんは、便潜血検査がいちばん苦手とする種類なのかもしれません。

はじめに書いたとおり、諸外国は今、検診の開始年齢を引き下げています。当面の処置としては妥当だと思います。ただし、それが正解かどうかはわかりません。網の目をすり抜けるがんが相手なら、網を早めに張りはじめても、すり抜けることに変わりはないからです。

9 次に来るのは、たぶん「がんになる前」の話

早期発見で戦えないのなら、次に考えることは決まっています。がんになる前の状態を、どうにかするという方向です。

たとえば、

  • 便から悪玉の菌を見つけ出し、その菌だけを減らす
  • 害のない別の大腸菌を住まわせて、悪玉を追い出す
  • コリバクチンの設計図(遺伝子)の働きを、薬(核酸医薬)で邪魔しておく

注:核酸医薬(かくさんいやく) 遺伝子の設計図がコピーされたものにピタリとくっついて、その物質が作られないようにする薬です。設計図そのものではなく「作る工程」を止める、という考え方です。

10歳未満の子どもの便を調べる。あるいは親の便を調べる。そうやって、40年後に芽を出すはずのものを、先に摘んでおくというわけです。

非常に大きな話なので自分には無関係ですが、ピロリ菌と胃がんで一度経験した筋書きでもあります。先行すれば確実にノーベル賞とされる分野であり、盛り上がっているのは間違いありません。

10 ただし、国が変われば

もちろん、国が変われば腸内細菌の顔ぶれもずいぶん変わります。食べるものが違い、水が違い、子どものころの環境が違うからです。

日本の大腸で同じ物語が成立するのかは、まだわかりません。日本ではBCGが効いているかもしれませんし、日本特有の腸内細菌が守ってくれているのかもしれません。

注:BCG 結核を防ぐためのワクチンです。日本では乳児期に全員が接種しますが、やらない国も多い。免疫のはたらき方全体に影響を与える可能性が指摘されています。

11 当面、私にできること

当面、私にできるのは、今日も粘膜を眺めて、びらんを見つけたら――それが大腸だろうが胃だろうが食道だろうが――少し心に留めておく、という程度のことで、今日も丁寧な検査を心がけています。特に若い頃の検査は情報量が大きいでしょう。当院は沢山の検査は出来ませんが、通院中の患者さんについてはその限りではないので遠慮なく相談して下さい。


自由は、けっこう重い ―― エーリッヒ・フロムを読む

「自由になりたい」と思ったことはありますか。宿題がなければ、校則がなければ、親がうるさくなければ。たぶん誰でも一度は思います。

ところが85年前に『自由からの逃走』という本を書いたエーリッヒ・フロムは、逆のことを言いました。人間は自由を手に入れると、こわくなって、その自由を自分から誰かに預けてしまうことがある、と。1

エーリッヒ・フロムは、精神分析家として出発し、のちに社会心理学者、哲学者として活躍した人です。ヒューマニストと呼ばれます。

自由には二種類ある

フロムは自由を「〜からの自由」と「〜への自由」に分けました。2

校則からの自由、親からの自由。これは「〜からの自由」で、じゃまなものが取り除かれた状態です。もう一つの「〜への自由」は、自分で何かを選び、作り、誰かとつながっていく力のことです。

やっかいなのは、この二つが自動的にはつながらないことです。じゃま者がいなくなっただけの人は、次に何をしていいかわからない。夏休みの初日を思い出してください。何をしてもいい日は、しばしば何もしない日になります。(この例えは私のもので、フロムはもっと深刻な話をしています)

病気になったとき、どの治療を選ぶか。今はそれを患者さん自身が決めることになっています。昔は「先生におまかせします」で済みました。おまかせは、正直とても楽です。でもそのぶん、自分の人生を自分で決めてはいない。中世ヨーロッパの人々は、治療にかぎらず人生まるごとがこの「おまかせ」でした。

「自分は何者か」と悩まなくてよかった時代

中世のヨーロッパでは、生まれた村、家、身分、教会が、人生の道筋をほぼ決めていました。窮屈です。でもそのぶん、「自分は何者なのか」と一人で悩む必要はありませんでした。3

やがて宗教改革が起き、その枠が外れていきます。人は自由になり、同時に、たった一人で世界に放り出されました。フロムはこの心細さを「孤独と無力感」と呼びます。

そして人は、その心細さから逃げ出す。強いものに従って一体になる。逆に誰かを支配する。あるいは、みんなと同じようにふるまって自分を消してしまう。フロムはこれを「逃避のメカニズム」と名づけました。自由から逃げる、という本のタイトルの意味がこれです。

なぜ人々はヒトラーを受け入れたのか

この本が出たのは1941年、ナチス・ドイツの真っ最中です。フロムはユダヤ系ドイツ人で、1933年にナチスが政権を取った後、1934年にアメリカへ亡命していました。4

同時期ユダヤ人以外にも多くの研究者が亡命し、残っていた大数学者ヒルベルトが「もうゲッティンゲンに数学はありません」と言ったのは有名です。5

本書の中心にある問いは、「ヒトラーはなぜ悪いのか」ではありません。「なぜ、これほど多くのふつうの人々が、自分から進んで彼を受け入れたのか」です。

ただし気をつけたいことがあります。フロムはドイツ人全員が熱狂したとは書いていません。熱心に支持したのは主に旧中間層6で、労働者や自由主義的な市民の多くは、熱狂ではなく疲れとあきらめから受け入れた、と区別しています。そしてフロム自身、心理学だけでナチズムを説明することはできない、とことわっています。

こちらのほうが、じつは怖い話です。悪い魔法にかけられたのではなく、不安な人たちが不安なままに選んだ結果だったのですから。

フロムの答えは、意外に静か

ではどうすればいいのか。フロムの答えは「自発的な活動」です。7

子どもの遊び、絵を描くこと、音楽、何かを作ること。そして人を愛すること、働くこと。誰かに命令されたからでもなく、点数のためでもなく、自分の内側から出てくる活動。そういう営みの中でだけ、人は孤独を埋め、しかも自分であることをやめずにいられる、と彼は言います。

ここで現代の話をします。私たちは人類史上もっとも大量の情報を受け取っています。では、自分の内側から出てくる活動の時間はどうでしょうか。オチのないショート動画を3時間流し見た日と、へたな絵を30分描いた日と、どちらが「自由な一日」でしょう。フロムの基準では、おそらく後者です。8

子どもにスマホ禁止、は自発的な時間を作るという点で正しいのですが、見守るリソースが無くなってしまったから禁止する、という側面が大きいです。一番大事なのは見守りなのですが、これが現代のとても大きな問題になります。

もうひとつの自由(ここからは私の考え)

自由には「あきらめる自由」もあるのではないかと、私は思っています。自分の限界や、いつか終わること(死)を受け入れた時、人は欲望やら執着から離れ、少し軽くなります。

これは『自由からの逃走』には直接書かれていません。ただフロムは後年の本で、死の恐怖とは結局、持っているものを失う恐怖のことだ、という趣旨を述べています。9自発的に生きることと、限界を自覚することは、たぶん地続きです。

おわりに

この本、電子書籍のセールで18円でした。しかも原書です。10 辞書も翻訳機械も手のひらにあります。85年前の名著、しかも原書が、今日の夕方には読めるのはスマホの良いところ。

しかしそれは、たぶん「〜からの自由」なのだと思います。日本語訳を探さないといけないことからの自由。だから簡単。一方で我々は、「〜への自由」をずっと考え続けなければならないのです。自発的に動けることが自由なのですから、考え続け、それを引き受ける。けっこう重い話です。ただし、ひとりで背負えという話ではありません。重いものは、たいてい誰かと一緒に持つものです。


注釈


引用文献

  1. 『自由からの逃走』(Escape from Freedom, 1941)。イギリス版のタイトルは『自由への恐怖』(The Fear of Freedom, 1942)。日本語訳は日高六郎訳(東京創元社)。 ↩

  2. 原語は freedom from / freedom to。よく似た言葉に哲学者バーリンの「消極的自由/積極的自由」(1958) があるが、別の議論。バーリンはむしろ消極的自由を擁護する側なので、混同しないこと。 ↩

  3. フロムは中世を美化していない。不自由で貧しく、飢えと病と迷信の時代だったと明記したうえで、それでも人は「所属」を失っていなかった、と言う。転換点として彼が重く見るのは16世紀の宗教改革(ルター、カルヴァン)である。19〜20世紀に急に始まった話ではない。 ↩

  4. フロムはフロイトの精神分析から出発したが、人間を性の本能で説明するフロイトの考え方を批判し、社会や経済のありようが人の性格をつくると考えた。「フロイトの弟子」ではなく「批判的に受け継いだ人」。 ↩

  5. 1934年ごろの晩餐会で、ナチスの学芸大臣ルストに「ゲッティンゲンの数学研究所は、ユダヤ人とその友人が去って打撃を受けたか」と問われ、ヒルベルトは「打撃も何も、もう存在しませんよ」と答えた。 ↩

  6. 旧中間層とは、小さな商店主、職人、事務員など。第一次世界大戦の敗戦、超インフレによる貯金の消滅、社会的地位の低下が背景にある。 ↩

  7. 原語は spontaneity。「思いつきでやる」ではなく「自分がその行為の源になっている」という意味。日本語では「自発性」と訳される。 ↩

  8. 現代への当てはめは筆者の解釈。フロムの時代にスマートフォンはない。ただし彼は当時すでに、広告や宣伝が人の考える力を鈍らせることについて、よく似た心配を書いている。 ↩

  9. 『生きるということ』(To Have or To Be?, 1976)。「持つ様式」と「ある様式」を対比した本。 ↩

  10. フロムはこの本を亡命先のアメリカで英語で書いた。だから原書は英語である。ドイツ語版 Die Furcht vor der Freiheit のほうが翻訳にあたる。 ↩