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お腹のホスピタリティ / ローマへの道 / 断片 / 原型 / ウユニ塩湖 / 追悼: 須川暢一先生

目次

お腹の中に「ホスピタリティ」を育てる方法

皆さんは、「ブリストル」という言葉を聞いて何を思い浮かべますか?

旅好きな方なら、パリにある最高級の豪華ホテル「ル・ブリストル・パリ」を思い出すかもしれません。ブリストルはウィーンなどにもあるので、チェーン?と思いきや、そうではないのだそうです。其々勝手にブリストルを名乗っている。共通するのは豪華なシャンデリア、極上の料理、それから「おもてなし(ホスピタリティ)」です。

100周年を迎えた「ル ブリストル パリ」。世紀を超えて愛されるエレガンスを生み出す「革新」とは | 家庭画報.com|“素敵な人”のディレクトリ

第4代ブリストル伯爵が有名な旅行家、美食の人であり、彼にちなんだ名前です。

一方で、我々消化器内科にとって「ブリストル」は、もう少し……そう、「どこにでもあるもの」の話になります。便(うんち、あるいはお通じ)の形状を1から7の数字で表す「ブリストル・スケール」です。「お通じ」と言うと一部の患者さんに通じないのですよね。英語では「ナンバーワン」と言えば通じる人が多いです。

Ken Heaton Award – Most Cited Paper | The Rome Foundation

このスケールを発表したブリストル大学のヒートン教授の論文は、消化器の世界で最も引用されたものの一つとして有名で、その名を冠した賞が存在するのです。

数字を書くだけで、なぜか「お便り」が整う不思議

診察室で私はよく、「カレンダーに、その日のお通じを表す番号(1〜7)をちょこっと書いてみてください」とお伝えします。すると、面白いことが起こります。

「先生、ただ数字を記録しただけなのですが、便秘(あるいは下痢)が治ったようです」

「何かを意識しましたか?」と聞くと、皆さん揃って「いいえ、別に」と仰る。

実はこれ、医学的な理屈を超えた「ブリストルの魔法」かもしれません。

鷹揚すぎる「ブリストル伯爵」の精神

この名前のルーツは、18世紀のイギリス貴族、第4代ブリストル伯爵にあります。彼は伝説的な美食家であり、旅の達人でした。

彼が旅先で「ここは良い宿だ!」と認めると、そのホテルは勝手に「ブリストル」という名前を掲げるようになりました。面白いことに、伯爵は自分の名前が世界中で勝手に使われても、「まあ、皆が心地よく過ごせるならいいじゃないか」と、一度も文句を言わなかったそうです。

そんな「元祖・ホスピタリティの人」である伯爵の名前が、後にブリストル大学を通じて「便の指標」に採用されたのも、何かの縁でしょう。

「私の名前が、お腹の調子を整える役に立っているのか。それは光栄だね」

きっと伯爵なら、天国でワイングラスを片手に、そう笑って許してくれるはずです。

あなたのお腹は、いま何つ星?

トイレを出た後に数字を記す。それは、自分の腸という「内なるホテル」のサービスをチェックする、ささやかな口コミ投稿のようなものです。

「今日はカチカチのタイプ1だったな、明日はもっとリラックスしてもらおう」 「お、今日は理想的なタイプ4。☆☆☆☆☆つけちゃおう」

そんなふうに客観視出来るのがこの魔法の秘密なのかもしれません。数字をつけているうちに、あなたの腸はブリストルと名付けられ、いつの間にやら最高のおもてなしをしてくれるようになるのかもしれない。

もし「最近、数字をつけるのをやめちゃった」という方がいたら、また始めてみてはどうでしょうか?

皆さんの「お腹の口コミ投稿」を楽しみに待っています。


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「ローマへの道」

「検査の結果、異常は見つかりません」

医師が、外来での会話をこの一言で終わりにするとするならば、症状がある患者さんは逆に辛くなるのではないか。そんな思いで次の一言を用意しながら患者さんの顔を観察します。

しかし幸い多くの患者さんは「良かった」と顔がほころび、実際その後症状も良くなるようです。一方、「ではなぜ痛いのか?」と顔をかしげている人も一定数います。

自覚症状が消化管で、器質的な異常が見つからない時、それは機能的な問題として扱い、治療していくアプローチがあります。異常が見つからず、かつ症状が存在するときにはこの概念を説明するわけです。このとき拠り所になるのは「ローマ基準」というものです。今回はその歴史について、論文を要約してお示しします。

鋭い観察の中で:1849年の当惑

時計の針を19世紀へと戻します。1849年、カミング医師は自らの論文の中で、ある不可解な現象に頭を抱えていました 。

「同じ一人の患者において、ある時は便秘になり、ある時は下痢になる……一連の症状は一つの病気として理解できそうではあるが、なぜ真反対の症状を併せ持つのか、私には説明のしようがない」

当時、これらは「痙攣性収縮」などの不確かな仮説で語られるに過ぎませんでした 。20世紀に入ってもなお、こうした患者たちは「心理的要因(Psychogenic)」や「神経症」といった、どこか蔑視を含んだ言葉で片付けられていたのです 。医学が「目に見える異常」に固執する限り、彼らに居場所はありませんでした。

言葉を科学にする:ケン・ヒートン博士の功績

この停滞を破ったのは、1970年代のイギリスでした。ケン・ヒートン(Ken Heaton)博士らによる画期的なアプローチ。それは、患者が発する「言葉」そのものをデータとして扱う試みです。

1978年に提唱された「マニング基準(Manning Criteria)」は、腹痛や便通異常といった主観的な症状を6つの項目に整理し、それ自体を診断の根拠としました 。曖昧な悩みに「物差し」が与えられた瞬間、機能性消化管疾患(FGID:内視鏡などで異常が見つからないが、胃腸の働きに問題がある病気)は、ようやく正当な病気としての市民権を得たのです。今は使わない基準ですが、内視鏡検査が危険で難しかった当時は大事にされました。

ヒートン博士の論文が世界で最も引用される(Most Cited)理由。それは、彼が考案した「ブリストル・スケール(便の形態分類)」を含め、主観を客観へと昇華させる「共通言語」を世界に提示したからに他なりません。

舞台はローマへ:繰り返されるアップデート

1984年、ポルトガル・リスボンで開催された国際会議。その休憩時間、一杯のコーヒーを囲んで交わされた会話が、医学の歴史を動かします。(「そのとき歴史は動いた」を想像して下さい)

「機能性疾患を定義するための、国際的なガイドラインが必要じゃないか」

医師たちの情熱はやがて、イタリアの首都・ローマへと場所を移し、「ローマ基準(Rome Criteria)」という名の壮大なプロジェクトへと結実します 。石畳の道を歩き、広場(ピアッツァ)で議論を交わす医師たちの姿を想像できますね。(実際はこじんまりとした会議室なのでしょうが)まさに知の遺産を積み上げる現代の哲学者を想像させる良い名前ではないでしょうか。(胃炎の「京都分類」も狙ってますよね!)

この基準は、時代の進歩とともに5-10年毎にアップデートされ続けています。現在はRome IVです。自分はその「差分」に注目しますが、患者を救おうとする執念が刻まれていますので紹介しましょう。

  • Rome (1989): 当初、過敏性腸症候群(IBS)の診断において、腹痛は必ずしも必須ではなかった 。
  • Rome I (1992/1994): 議論を経て、腹痛は「推奨される症状」から「必須の条件」へと格上げされた 。
  • Rome II (1999): 世界13カ国、50人以上の専門家が集結 。心理社会的な側面や小児領域まで網羅する包括的なコンセンサスへと進化した 。
  • Rome III (2006): 薬理学やジェンダー(性差)の視点が加わり、機能性腹痛を他の腸疾患から切り分けるなど、より精緻な分類が行われた 。
  • Rome IV(2016): 脳と腸(胃)の相互作用のエビデンスが蓄積され,「脳腸相関」を全面的にアピールした。運動障害や内臓過敏性,腸内細菌叢の変化,粘膜や免疫・内分泌機能の変化などの組み合わせに力点が置かれている。

鵜川医院から:自覚的な辛さは「現実」だから

なぜ、これほどまでに定義(言葉)にこだわるのでしょうか。

それは、定義がないままでは、臨床試験の結果さえバラバラになり、適切な治療を届けることができないからです 。定義があるからこそ、私たちは患者さんの症状を記録し、世界中で共有することで、目の前の患者さんにフィードバックすることが出来るのです。

「異常がない」と言われる戸惑い。しかし、ローマ基準という共通言語を持つ医師は、患者さんの辛さや困難は、想像や架空の苦しみではなく、「現実」だとして意識しています。定義のみが独り歩きすると器質的疾患が軽視されるという現実を知っているのも我々医師であるからこそ、専門家の介入が必要なのだという事を肝に銘じて診療を行っています。

注:器質的な異常があるのに、「機能性」と診断されている人々も多いので、どんな医師でも使いこなせるきちんとした診断アルゴリズムを作り上げる事が重要です。

夕暮れのローマ。古い歴史と新しい科学がそこで交差する様子を想像しつつ、「今年は10年経つよなあ、Rome Vまだあ?」とドキドキしながら待っている自分がいます。(エイプリルフールネタで、Rome IIIがリバイバル、みたいなのを学会が出しても良いのに、とは思ったり)


【用語解説】

  • FGID (Functional Gastrointestinal Disorders): 機能性消化管疾患。内視鏡検査や血液検査では器質的な異常(炎症や潰瘍など)が見つからないにもかかわらず、腹痛、便秘、下痢、膨満感などの症状が慢性的に続く疾患の総称。現在は、脳と腸の相関の異常(DGBI)という概念に進化している。

断片は、そのままに

2年前の日記が出てきて、当時の感覚が面白かったのでご覧に入れます。

今年と違い2年前は桜が遅く、4月になりようやく開花のニュースが聞こえてきた様子。当時は「入学式頃にちょうど満開、入学する人たちおめでとう」と思いました。今年は開花が早かったおかげで喜んだ人がおられ、それもまた良き、と思います。いつ蕾がほころんでも、人々を幸せにする花が桜ですね。

2024年4月1日 ラジオで「急に桜が開花」と聞いた帰り道、「急に、とはなんと主観的な言葉遣い」と、少しだけ可笑しみを覚える。ここ数日は人と会い続けている。祝いの席、仕事の打ち合わせ、講演、旧友との再会。どれも充実しており感謝しているが、残念ながら不思議と記録する時間・余白がない。整いすぎた日々は、かえって言葉を遠ざけるのだろうか。

「急に」という表現にラジオらしくなさ、を感じましたし、素直な天気予報士のなにげない一言、とも思いながらちょうど4月1日だったもので、なんどもなんども噛み締めていました。その日が充実していると記録する時間がない、というジレンマは普遍的な存在。解決方法はもちろんあります(DX!)が、解決したくない、という気持ちがまだ強いのも事実。

書くべき原稿もあったが、些細な配慮の引っかかりから筆が止まり、そのまま期限を越えた。内容が悪いわけではない。ただ、どこかで誰かを不用意に傷つける可能性を考えると、途端に言葉が重くなる。他の文章も読み返せば硬く、説明過多で、どうにも自分のリズムではない。

鵜川医院レターもそうですが、自分が何か医療的な事をかくと誰かのスティグマを刺激してしまう事が想像されます。優れた臨床家には優れたライターがいない、というのはそういう事かと思います。「医師」文章を書く場合、実際には臨床をしていない人か、そんなに深くはしていない人、あるいは当たり障りのないことを書くか、仕事とはまるで関係ない文章を書く、そんな決まりがあるような気がします。

軽やかに書こうとして、生成系のツールに下書きを任せてみた。しかしうまくない。指示を少しずつ修正しながら何度も書き直させると、確かに整った文章は出てくる。だが、妙に行儀がよく、こちらのずぼらさや気持ちの迷いは全く滲まない。「そこは違う、こうだ」と指示するたび、「知らない誰かが書いた文」になっていくのが面白くもあり、しばし時間が経過した。

日記をアレンジしていたら、ホラー系の小説になってしまって、それはそれで面白かったようなのですけれど、単に時間を浪費しただけでした。そういう時間の潰し方もあります。

結局のところ、忙しさの中で考えすぎているのかもしれない。材料は十分にある、それをまとめようとすると輪郭がぼやける。だから今日は、結論を急がず、この断片のまま置いておくことにした。春先には似たような違和感が繰り返される。そういう季節なのだろう。

ひとしきりがんばったあと、忙しいのに時間をさらに潰してしまった事に気づきました。これは沢山勉強したあとの感覚と似ています。「自分はこの勉強で成長したのか?あるいは記憶が揮発し、何も残らないのか?」という問いかけです。でも「勉強したよ」という記録はしておくことはお勧めです。本に線を引く、はまさにその行為でしかないのではないか。

上記の文章では2年前に「こういうプロンプトを入れたんだ」という事のみ記録していたのだけれど、こうして「春は違和感の季節」が実感として感じられ、経験は揮発していない事がわかったのが収穫でした。コンピューターを使わない方には3年日記とか5年日記を勧めています。


原型が見つかる嬉しさ

みんな大好きライアン・ガンダーさん。昨年ポーラ美術館で行われていた「ユー・コンプリート・ミー」素晴らしかったですね。

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ポスターにも使われている、ASDであるというガンダーさんの息子さんが几帳面に並べたというこの作品《閉ざされた世界》ですが、どこかに既視感があり、特にすばらしい色彩に心動かされたのですけれど、どこだっけなー?とわからずじまいでした。

これだ。

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きっかけはこの記事でした。

家にあるものでミッケ!を自作したい 散らかった家はミッケ!の才能あり

「ミッケ!」は小学館から発売されている子供向けの本で「探し絵」というジャンルのもの。「ウォーリーを探せ」が有名ですが、シリーズ全体ではウォーリー以上に売れています。原題の「I SPY」を「ミッケ!」(良い翻訳だ!)にしたのはたぶん(わからないけど)糸井重里さんじゃないかな。(翻訳をしているから決めつけている)

ガンダー作品《閉ざされた世界》は「きわめて整然としている」という点で、「ミッケ!」とは真逆とも言えるコンセプトなわけですが、絵面は似ていて、空間、色彩、など子供が惹かれる特徴は同様と言えましょう。

こういう原型(プロトタイプ)に偶然出会うと、なんだか嬉しく感じます。


ウユニ塩湖

ウユニ塩湖の写真はSNSでお馴染みですが、仮に「目の付け所が違う人」が訪れたらどうなるのか?をそのまま体験できるのが、こちらの動画。

360度グリグリできますので臨場感がありますよ。

https://www.facebook.com/reel/1496933548485784

坂口秀之さんは、3Dマッピングソフト(フォトグラメトリという)のREALITYSCANの日本代理店をしています。文化財を精緻な3Dモデルに補完しておくことは大事な文化のアーカイブ事業です。建物はもちろんのこと、書籍や絵画など平面として扱われるものも本来は3Dあるいは4Dとして保存しておくほうが良いので、そうした概念を世界各所で啓蒙して回っている彼の存在はとても自分にとっては刺激になっています。

透明なものや光を反射するもののフォトグラメトリは自動化しにくい作業であり、職人芸的なスキルが必要だから、そこにマネタイズのコツがありそうですね。


【訃報】須川暢一先生(享年91歳)

内視鏡医療の発展に大きく貢献された須川暢一先生が、令和8年3月29日、91歳で逝去されました。米国を拠点に長年臨床・研究・教育に携わり、現在の内視鏡治療の基盤を築いた一人です。

須川先生は米国Wayne州立大学医学部教授として、87歳で引退するまで約60年にわたりデトロイトの医療を支えてこられました。内視鏡が診断中心の技術であった時代から、治療へと発展していく過程に深く関わり、特に「外科医にも内視鏡の訓練が必要である」という考えを提唱し続けました。その結果、内視鏡は外科教育の中でも重要な技術として位置づけられるようになり、現在の内視鏡手術の普及につながっています。

また、食道静脈瘤に対する硬化療法の最初期の試みを論文とし、この分野の発展に寄与しました。新しい治療法の着想が、後の多くの医師の研究を促し、今日の標準的な治療へとつながっています。

臨床だけでなく、医師の教育や国際的な医療交流にも尽力されました。海外からの医師が適切に評価され、対等に学べ、議論できる環境づくりにも力を注がれ、多くの若い医師に影響を与えています。私にとっては叔父にあたる方でもあり、米国で2年間共に仕事をし、直接ご指導いただいた経験は、その後の医療観に大きな影響を与えています。

須川先生は、日々の診療や研究、国際的な活動に加え、長年にわたり地域の日本人社会にも貢献されました。デトロイトには日本人の駐在者、あるいは留学生が多く、健康面での支えとして頼りにされる存在でもありました。

本年3月には来日され、桜の季節を過ごされたばかりでした。そして3月29日、生まれ育った地に近い場所で静かに最期を迎えられました。

一人の医師として患者を救うだけでなく、新しい技術や仕組みを築くことで、その後の多くの医療を支えた方でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。