言語ゲーム / 数学者の頭の中
目次
「言語ゲーム ― Term 6.1」
患者のA1cが6.1%であった。
6.1という数字で何を思い浮かべるだろうか。カリウムなら「やべー」であろうし、A1cであれば「ああ、食後に上がってるな」である。
そういう職業である。もちろん赤血球寿命は人により違う。血液内科が専門であれば「おや、鉄欠乏?」などと思うのかもしれないが、横道にそれるのでここまで。
血糖値が食後に上がってるのだから、それがあまり上がらないような工夫をしてほしかったりする。その説明をした。
しかし、当の患者は6.1と聞いて何も思わなかったようだ。
「先生は、ずっと太らないですよね」とのどかだ。
そうですねと答えるわけにもいかない。実際には筋肉は落ち、贅肉は増えている。現実を述べても面白くはない。そこで出たのはこのセリフだ。
「不健康なんですよ、食事が」
「そんなことないでしょう」
この反応は患者としてはパーフェクトだ。「先生大変なんですね」などと共感されてしまっては続かないからだ。
「いえ、あるんです。24時間食べないときとかあるし、酒も飲まない」
「それはだめですよ」
ますますいい感じである。対立構造を作ることが会話を面白くするからだ。
医者は、患者から叱られてこそ一流というものだ。なんちゃって。さあ続けよう。
「と、僕が怒られてるわけですが、あなたの話をしましょうよ。甘いもの好き?」
「好きだけどそんなには食べないです」
「早食い?」
「自分ではそういう感じではない」
「食卓に好きなものばっかり並べている?」
「?」
「質問を変えるね、自分でご飯を作る?」
「作ります」
「あるいは自分で選んだお惣菜を並べる?」
「そうしますね」
「残すもの、はないよね」
「ないですね」
「むしろ考えずにすいすい食べるよね」
「食べますね」
ここまで話したら、ある考えがふわーっと浮かんで来て、こういう”作り話”を話してみよう、という考えに至ったので、そこからは自分がちょっと話してみることにした。
「自分理論なんだけど、話しても良い?」
「いいですよ」
「今日の朝ごはんなんだけども、いんげんの胡麻和えがあったのね。妻が作るものはとても健康的なんですよ。でも自分はいんげんが苦手なのね。じゃあ何がおきるでしょうかーーー。まず見つめるじゃない?ーーーお箸でいんげんのどこを持つか考えるでしょ?ーーー胡麻のつき具合が一本ずつ違うじゃない?ーーーそれらの胡麻をなるべく落とさないように口に入れて、そして噛む。そして味わってみる。苦手だとは言ったけど、別に嫌いなわけじゃない。健康になりますようにって思うじゃん?ーーーそれで飲み込むの。たった一本のいんげんに、明らかに時間がかかるんです。あなたご飯食べるのにいちいちそうやって考える?」
「考えません」
「最近サラダ買ってくると妻が褒めてくれるんですけどね?それも食べるには時間がかかってます。 体積を 増すには便利 水菜かな(五七五) などの川柳を考えたりね。食べるのに考えちゃうような具をあえてチョイスするとねえ、食事に時間がかかっていることに気づいたんです。必ずしも好きじゃないものをあえて選ぶと食事に時間がかかります。これで本書けると思う?」
「参考には、ならないかも」
「やっぱり?じゃあ焼き魚食べると良いですよ、やたら時間がかかるという点で似てます」
「最近食べてませんでした、そうしてみます」
患者さんのためにはならない作り話だったけれど、自分の日記にはメモして、何年も経ってから読んで面白かったし、それをさらに書き換えて読者の目に触れているのだから、この作り話は無駄ではなかったと思う。
その1時間後の外来。
脳梗塞疑いで運ばれた救急の採血で中性脂肪が高く、
「やっぱり健康的なものを食べないとだめかしら」
と言う94歳に、
「好きなものを食べるのが一番健康的なのでは」
などと1時間前の自分を全否定している自分を見て、ヴィトゲンシュタインならにやりと笑うのであろう。
参考:ヴィトゲンシュタイン「言語ゲーム」
数学者の頭の中
算数とか数学には、「ことばをていねいに取り扱う」能力が求められます。パターンを覚えるだけでなんとかなる側面もありますが、それは数学の楽しみとは別物です。
テレンス・タオという数学者がおられます。この方の特別さは、「言葉を取り扱うのが特に上手い」という点でしょう。「すべての場合を考える/例外まですべて」という数学特有の論理的な思考を、言葉にしてくれることは我々にとっては「天才の片鱗」を見るようで嬉しいことなのです。
今回はテレンス・タオの2つの短い言葉を紹介します。
ジャン・ブルガンとは?
数学界では「神」と形容されながら一般に知られていない数学者を一人挙げよ、と言われて最初にですが一般には知られていません。Jean Bourgain(1954–2018)はベルギー出身の数学者で、解析学(特に調和解析、関数解析、確率論的手法を応用した非線形偏微分方程式)において極めて深遠かつ革新的な仕事を残しました。
彼は1994年にフィールズ賞を受賞しており、実際には数学界の頂点に立つ人物の一人でしたが、その仕事のスタイルや関心の対象が、比較的「目立たない」分野にあったため、学部レベルの大学生にもあまり知られていないかったと思われます。
彼の業績は広範にわたりますが、特筆すべき点をいくつか挙げます。
主な業績
- バナッハ空間論:Bourgain’s lemma やlocal theoryに関する多くの基本的な結果。
- 確率論と解析の接続:Littlewood–Paley理論やランダム化手法の導入。
- Schrödinger方程式の時間発展解析:非線形散乱理論の発展に貢献。
- リトルウッド予想の関連問題への成果。
- 離散数学・組合せ論・数論:Erdősの問題にも深く関与。
彼はまた、複雑な問題に対して「ツールボックス」のような柔軟な方法を駆使する」ことで知られ、しばしばBourgain magicと呼ばれることすらあります。
例えばMRIの撮像においては、撮像時間を短縮するために彼の理論が応用されるなど、実社会への貢献度は計り知れません。
彼についてテレンス・タオはこう述べています。
プリンストン大学の大学院生時代、私はトム・ウルフ氏の講義でジャン・ブルガン氏の画期的な研究に触れました。彼の1991年の論文は極めて難解でしたが、エリ・スタイン氏やトム・ウルフ氏の助けを借りて解読すると、その効率的な思考法に驚きました。ブルガン氏は「基本的」なツール(二進分解や不確定性原理など)を巧みに使いこなし、これらを「モジュロ」(部品として信頼した場合に、その部分に関して証明をしないでよろしい、とすっ飛ばす)と見なすことで研究を飛躍的に進めていました。彼の論文からこれらのツールを学び、私の研究の基礎となりました。実際、初期の私はブルガン氏の技術を学び、それを応用して結果を改善することに注力していました。
特に印象的だったのは、1999年のJAMS論文におけるエネルギー臨界非線形シュレディンガー方程式の大域解に関する研究です。その理解はまるで、ビデオゲームの難関ステージをクリアしていくような感覚でした。2年間を費やした、最も困難なプロジェクトの一つですが、その手法なくしては実現できなかったでしょう。
初めてブルガン氏に会った際、彼のアイデアへの寛大さと、難解な議論を本質を捉えた数文に凝縮する能力に深く感銘を受けました。彼は自信に満ちていましたが、その洞察力は常に私を啓発しました。2002年頃、私がトム・ウルフ氏から聞いた「和積推定」の問題について話した際、ブルガン氏は当初、フーリエ解析で簡単に解決できると即座に答えました。しかし翌日、彼は問題がより興味深いと認め、その後数ヶ月間は音沙汰なしでした。ところが突然、彼から和積推定の見事な手書き証明が記された2ページのファックスが届いたのです。神、です。
ブルガン氏の天才性とタオ氏の天才性両方がわかりますね。
OpenAIの人工知能が数学オリンピックで金メダルレベルの回答をした事について
このニュースは、私は随分前に知っていましたがプレプリントだったのか、7月20日になってメディアで大きく扱われていますね。
簡単な算数が解けないChatGPTですが、難解な数学は、数学者たちが論理的に全く破綻のない、全く雑音のない査読論文を死ぬほどたくさん書いてくれているおかげで、質の高い回答を用意することが出来る、というのは当然のことです。
数学の論理を徹底的に学習させた人工知能は短期間で頭が良くなることが知られており、中国の企業がそのアイディアで成功していますけれど、それは驚きではありません。テレンス・タオ氏のこの文章を読んで下さい。
Terence Tao (@tao@mathstodon.xyz)
現在の AI 技術の能力を「ある課題 X が解けるか解けないか」という単一の尺度で捉えた場合、今回のニュースは驚きで受け入れられるでしょう。しかし実際には、ツールに与える資源や支援の程度、結果の報告方法により、能力には数桁の開きが生じてしまいます。 人間を例にしましょう。最近終了した国際数学オリンピック(IMO)では、各国が高校生6名の代表チームを編成し、チームリーダー(多くはプロの数学者)が引率します。選手は2日間にわたり、1日4時間半で難問3題を紙とペンだけで解きます。試験中は選手同士やリーダーとの通信は禁止ですが、問題文の表現について監督官に質問することは許されています。リーダーは採点過程で生徒の答案を擁護(そうなんです、この仕組みは面白いですよね)しますが、試験そのものには直接関与しません。 IMO でメダル、特に金メダルや満点を得ることは、高校生にとって極めて卓越した達成だ、と見なされます。今年の金メダルのボーダーは42点中35点で、6問中5問を完全解答することに相当します。1問でも完全解答すれば「オナラブルメンション」が与えられます。 しかし、試験形式を次のように変えたら難易度はどうなるでしょうか。 各問題に数日かけてよいとする(比喩を拡張すれば、リーダーが生徒を高コストでエネルギー集約的な時間加速装置に入れ、外界の4時間半のあいだに生徒側では数か月〜数年が経過するような SF 的設定)。 ・試験開始前にリーダーが問題を生徒の取り組みやすい形に書き換える。 ・電卓、計算機代数システム、形式的証明支援ツール、教科書、インターネット検索を無制限に使わせる。 ・6人全員が同じ問題に同時に取り組み、途中経過や行き詰まりを共有できるようにする。 ・リーダーが有望なアプローチを示唆し、見込みの薄い方向に時間を費やしすぎる生徒を途中で軌道修正する。 ・6人それぞれが解答を提出するが、リーダーが最良の解答だけを選択して提出し、残りを破棄する。 ・チームの誰も満足な解答を得られなかった場合、リーダーは何も提出せず、チームが参加しなかったかのように静かに撤収する。 これらいずれの形式でも、提出された解答は形式上は高校生の手によるものですが、報告される成績は劇的に変わり得ます。標準的な試験条件では銅メダルにも届かない生徒やチームが、上記の変則的形式下では金メダル級に到達することもあり得るのです。 したがって、競技者自身が選んだ方法で実施され、統制された試験方法が存在しない場合には、さまざまな AI モデルの IMO などにおける成績を、あるいはそれらと人間の成績を、そのまま比較する際には注意が必要です。 この点に関連して、私は競技前に手法が公開されていない自己申告の AI 競技成績についてはコメントを控えることにします。なお、以上の議論は特定の個別結果を念頭に置いたものではありません。
ここで注目したいのは彼の「比喩表現」です。非常に豊かで、「ありとあらゆる場面を想定する」数学者の頭の中が除き見えるようではないですか。
また内容も豊かで、現在のAIが「普通の人間より頭が良い」のは事実だろうけれど、それはまるで多くの優秀(とされる)人々が、「たくさんのリソースが使える」とか、「時間を有効に使える」などの条件を上手く使っており世の中不公平である、ということとそっくりだという事を表現しています。
無限にリソースを使えば到達できる知性、という基準で、AIと戦える人類は、ブルガン氏やタオ氏のようにほんの僅かしか存在しませんが、数学オリンピックは少なくとも、人類最高の知性を選抜するという役割を捨ててはいけないなと思います。
タオ氏の数学オリンピック最年少メダルの記録(10歳)は、まだ破られていません。
天才の思考を「覗き見」する喜びと共鳴
その人が何を見ているのか、どう考えているのか――天才の“目”を借りる体験ほど、私の知的好奇心を刺激するものはありません。例えば、サイバーセキュリティの第一人者である登大遊氏は、その圧倒的な業績に加え、文章の面白さでも群を抜いています。マスコミが取り上げる天才にも一発屋が多くいますが、彼は本物で、日々大国とサイバー攻防を繰り広げながら、「法律の穴」を見つけるという稀有な才能も持ち合わせています。数学がよく出来る=国語も出来る、が再確認できたのは彼のおかげです。
テレンス・タオ氏や登氏のように、公に認められ、かつ文章力に長けた天才は、私たちにとって特に目に留まりやすい存在です。しかし、世の中には様々な分野に、無数の天才たちがいます。
私自身、他者から影響を受けやすい性質ですが、身近にいる天才たちの話を聞くたびに「すごい!」と心から感動します。そしてなるべくその発想の凄さは覚えておこうとがんばりますし、再現したいと努力しますし、誰かに伝えようともします。レターもその一環です。
「盗む」姿勢がもたらす共感との奇妙な類似
興味深いことに、私の「相手の考えを盗もう」とさえするこの態度は、一般的な「共感」とは全く異なるにもかかわらず、カウンセリングや認知行動療法(CBT)と同様の効果をもたらすことがあると気づいて久しいです。
若い頃、医療者が示す「共感」は、わざとらしくて安っぽく、どこか小恥ずかしいと感じていました(今はそうではありません)。幸運にも私には、純粋に相手に興味を持つという性質がありました。結果として、その興味という特性を深めていったことが、今の私を形作っているのかもしれません。他者の思考を深く理解しようとするこの過程は、形は違えど、相手の内面を尊重し、寄り添うことに通じるのだと感じています。
「共感は苦手だな」と思っている人には、「相手の思考パターンを盗みたい」と興味を持ってみる、という方法をおすすめしたいです。それはコミュニケーションを円滑にしますよ。