アニサキス治療の過学習と修正について
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アニサキスと過学習 ―― たかが、されど
お魚を食べて、アニサキスかな、というひどい痛みになる、あの痛みには、個人差があります。 たかがアニサキスとはいっても、全員が違う経過を辿ります。そこが、この病気の面白いところでもあり、油断のならないところでもあります。
アニサキスって?
しめ鯖を食べた夜中に、間欠的な激痛で目が覚める。救急車を呼ぼうか迷うほど痛い。これがいちばん典型的な入り口です。
胃アニサキス症は、生の海産物に潜んでいたアニサキスの幼虫(成虫はとっても大きいんです)が胃壁に食いついて起こります。症状の主役は、虫そのものというより、それに反応して遊離するヒスタミンです。みぞおちが締めつけられるように痛む、吐き気、じんましん、寒気 ―― いずれもヒスタミンが引き起こすアレルギー反応の表情です。
かつては生鮭、生イカ、近海物のマグロと、原因食材は実に多彩でした。いまはしめ鯖が多くを占めます。生鮭はほぼ流通せず養殖マスに置き換わり、他の食材も生で出回ることが減ったからでしょう。都市生活のほうが、先に変わっていきます。
診断はエコーで十分につきます。胃角周辺の胃壁が7mmを超える――これが目安です。主に粘膜層の肥厚で、虫がどこに食いつこうと浮腫は起こります。感度・特異度ともに、おそらく軽く90%は超えるはずです。
ただし注意がいります。胃壁7mm以上は、アニサキスだけのサインではありません。 当院ではアニサキスとほぼ同数、AGML(急性胃粘膜病変)が見つかります。そして10%ほどに、見逃してはならないもの ―― 癌 ―― が紛れます。萎縮のないきれいな胃が、収縮した一瞬は、胃壁が肥厚して見えますがそれを「7mm!」と診断するのは、少し張り切りすぎです。いずれにせよ、内視鏡の適応となります。
当院のある日
「昨日は何を食べましたか?」 「しめ鯖です」 「じゃあ、エコーをしてみましょう」
胃の厚さが11mm。アニサキスの所見です。時間があれば内視鏡で取り、なければ薬を使います。鎮静下に、二酸化炭素を使った内視鏡で観察します。急性腹症の可能性を残したまま入るのですから、炭酸ガスを選びます。
ヒダが浮腫んで見えたら、どこかに必ず虫が隠れています。生検鉗子でつまんで取ります。
――でも、これで終わりではありません。
アニサキスに慣れた医師は、1匹では済まないことを知っています。 1匹見つけて安心せず、その後も探します。たいてい、もう1匹います。「内視鏡で取れば症状は取れますよ」と軽く言ってしまうのは、むしろ経験数の少なさを露呈してしまう台詞です。
そして取ったあと、すぐに痛みが引かないことも多いのです。「取ったら終わり」と説明する医師はたぶん経験数が足りないです。内視鏡の最後にファモチジン(H2RA)とエピナスチン(H1RA)を溶かして散布して終えるのも工夫のひとつです。虫を取り去ることと、ヒスタミンの症状を取ってあげることは、別の仕事なのです。きちんと両方やらないと、患者さんがかわいそうです。
当院には先代院長が1978年から集め、引き継いでいる160例以上の詳細なデータがあります。論文にしましょう、と勧めていましたが ―― それは出来なくなりました。え?私が?
治療の実践
教科書的にはこうです。痛みはH1RAとH2RAの合わせ技で、たいてい1時間以内に落ち着いてきます。内視鏡が出来なければ、この組み合わせを1週間ほど。鑑別はAGMLと4型胃癌で、治療が違いますからご注意。
簡単に書きましたが実際の診察室では、そう一筋縄ではいきません。
前回ひどく痛んだという年季の入った人には、第一世代の抗ヒスタミン薬を使ってみようか、という気分になります。すると頭の中のキムタクが 「ちょ、まてよ、この人、前立腺が大きいぞ」 と囁いてきて、抗コリン作用が引っかかって使えません。もやります。
経過にも幅があります。
- 複数の虫が潜んでいて、取りきれていないとき
- 反応が強く、症状が遷延する人(発症までの時間、あるいは発症からの時間が経っている例に多い印象があります)
そもそもアナフィラキシーの経過を辿る場合があり、救急車を呼ぶことが大事です。
日経メディカルで、サクシゾン(ステロイド)を点滴している先生がいました。けれど紙面ではPPIもH2RAも使っていなかったように読め、そこが気になりました。アニサキスはAGML的な経過を辿る人も多く、大出血した例もあります。油断なく、酸分泌も抑えて治療したいところです。さらに、たった一回のステロイド投与で血糖がガタガタになる人もいます。治療が終わったあとも、ケアは続くことになります。したがって私はステロイドは使いません。
たかが、されど
「アニサキス? 内視鏡で取れば治る」――そう言い切れるなら、話は簡単です。けれど、目の前の一例ごとに、虫の数も、反応の強さも、その人が抱える前立腺も糖代謝も違います。
ある一例で上手くいったやり方を、次の一例にそのまま当てはめると、足をすくわれます。これは、過去のデータに合わせ込みすぎて、新しい一例に対応できなくなる状態 ―― 機械学習でいう過学習と、よく似ています。
たかがアニサキス、とはいっても、全員が違う経過を辿ります。過学習に陥らず、その都度ふさわしい普遍解を探すのは、意外と骨が折れます。結局のところ、いつも微修正の繰り返しです。
それでいいのだと思います。微修正を続けられることこそが、慣れた医師の条件なのですから。